オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

上手雄貴・中島 淳・林 成多・吉富博之(2018)日本産ヒメドロムシ科の目録と分類学的な問題点.さやばねニューシリーズ,29:6-12.
ここ数年大変な人気のヒメドロムシ科。新種も続々記載されていますが、まとまった目録は「おいかわ丸のくろむし屋」リストしか存在せず、引用できる形での総説が求められていました。ということでくろむし屋リストをちゃんとした形で世に出そうというプロジェクト(と個人的には思っていましたが)の進展により、ヒメドロファン待望の論文が出ましたので紹介します。
この目録により、現時点でのヒメドロムシ科は全57種で、うち52種が日本固有種であることが明示されました。そして、それぞれの種について現時点での分布域を整理するとともに、幼虫が記載されている種についてはその情報を、また、いくつかの種では分類学的な問題点等も指摘しており、今後の研究方針を考える上で、また調査報告リスト等を作成する上で有用なものとなっています。
また、九州のヒメドロムシ相を考える上で重要な点は、11頁で書いている「九州からのサンインヒメツヤドロムシの初記録」です。これは緒方・中島(2006)ですでに記録されていた「マルヒメツヤドロムシ」が、詳細な検討の結果実は「サンインヒメツヤドロムシ」だったという形での、記録になります。また、あわせて緒方・中島(2006)の「ヒメツヤドロムシ属の一種」の方が「マルヒメツヤドロムシ」であったということも付記しています。何故こういうことになったのか、以下記録を残しておきたいと思います。
緒方・中島(2006)では前胸背の光沢の有無で「マルヒメツヤドロムシ」と「ヒメツヤドロムシ属の一種」を区別しました。すなわち光沢が有る方をマルヒメツヤドロムシ、無い方をヒメツヤドロムシ属の一種としました。この理由はO師匠とともにマルヒメツヤドロムシの模式産地である和歌山県紀見峠に行った際に採集した「本物」と思われるマルヒメツヤドロムシの前胸背に光沢があったからです。今回共著者でもある林成多さん(サンインヒメツヤドロムシの発見&記載者)の指摘を受けて交尾器中央片を確認したところ、緒方・中島(2006)で「マルヒメツヤドロムシ」とした方は、上翅点刻や交尾器先端の特徴が「サンインヒメツヤドロムシ」に一致することがわかりました。一方で「ヒメツヤドロムシ属の一種」とした方が「マルヒメツヤドロムシ」に一致することがわかりました。実はマルヒメツヤドロムシには前胸背に光沢が有るものと無いものがあり、福岡県のものは(紀見峠のものと異なり)光沢が無かったのです。すなわちこの点は区別点にはなり得なかったという訳です。
と、いうことで!本報により九州からサンインヒメツヤドロムシを初記録する運びとなりました。区別点については、少なくとも福岡県の日本海側においては、
サンインヒメツヤドロムシ
→前胸背に光沢が有る、上翅点刻列がやや細かく上下の間隔も狭い、交尾器先端にトゲ有り、やや黒っぽい、中下流の細流に多い
マルヒメツヤドロムシ
→前胸背に光沢が無く皺状、上翅点刻列がやや荒く上下の間隔が広い、交尾器先端にトゲが無い、やや赤っぽい、渓流や山間の細流に多い
ということになります(※繰り返しますが前胸背光沢の有無は種間の決定的な違いではありません)。この2種は筑前大島能古島では同所的にみつかっているので、完全にハビタットが違うというわけではありません(生活史は違う可能性がある)。

左が福岡県産サンインヒメツヤドロムシZaitzeviaria sotai 、右が福岡県産マルヒメツヤドロムシZ. ovataです。全然違いますね!こうして日本列島の自然史の一端が解明されたわけですので、うれしいことです。福岡県の日本海側には広くサンインヒメツヤドロムシがいる可能性が高く、また、佐賀県長崎県にかけても注意が必要です。今後の調査の進展が期待されます。
参考
緒方 健・中島 淳(2006)福岡県のヒメドロムシ.ホシザキグリーン財団研究報告,9:227-243.(PDF