オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文:ドジョウの外来系統と在来系統の形態

松井彰子・中島 淳(2020)大阪府におけるドジョウの在来および外来系統の分布と形態的特徴にもとづく系統判別法の検討.大阪市立自然史博物館研究報告,74:1-15.(リンク

共著論文が出ました。リンク先からPDFをダウンロードすることができます。

ドジョウMisgurnus anguillicaudtusは東アジアに広い分布域をもつ種ですが、従来この種とされてきたものは遺伝的に複数の系統に区別されることがいくつもの論文で明らかにされています。そのうち日本産で形態的に顕著なものについては既存文献の情報を整理して中島・内山(2017)において和名新称を行って仮に4種に区別しましたが(ドジョウ、キタドジョウ、シノビドジョウ、ヒョウモンドジョウ)、実はこの中の「ドジョウMisgurnus anguillicaudtus」についてはさらに日本列島産(B-1系統)と中国大陸産(B-2系統)間で遺伝的特徴が大きく異なることが従来から知られていました。今回、大阪府内におけるドジョウ現状調査を足掛かりとして、この日本列島産と中国大陸産の「ドジョウ」の形態を遺伝子との対応をとって精査し、この両系統が形態でも区別できることを明らかにしました。加えてこの形態的違いに基づいて博物館所蔵標本の調査を行い、両系統に同定されるドジョウの採集年代を調べました。

結果として日本在来のB-1系統と中国大陸由来の外来のB-2系統は、背鰭条数と腹鰭・尻鰭・尾鰭間の長さの比、の2点に注目することで高い精度で区別できることがわかりました。また、大阪市立自然史博物館所蔵の古い標本では在来系統に同定される標本が主であったものの、新しい標本はほとんど外来系統に同定される標本になっていました。

ということでまずは、その区別点を整理した図が以下となります。

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赤字は今回論文で示した点。黒字は補足として参考になる(と私が考えている)点です。この5項目をチェックすれば、ほぼ在来ドジョウか外来ドジョウかは区別できると思います。今回の研究では調べた個体数は少ないものの交雑個体についても調査を行い、その形態は外来系統に似るということもわかりました。ということで誤差もあるので簡易的には、10個体捕まえてその形態を調べれば、ほぼその場所のドジョウが在来か外来かがわかるということになります。画期的!実はこの区別点は300個体ほどのドジョウを調べていて天才的直感に基づき数年前に気づいたのですが(本論文で引用している吉郷(2007)がすでに指摘していたことに後で気づきましたが)、今回こうしてようやく科学的に示すことができて感無量です。遺伝子との関係を詳しく調べてくれた共同研究者に感謝です。

しかし喜んでばかりもいられません。この区別点に基づいて大阪市立自然史博物館所蔵標本の調査を行ったところ、1959年から1999年に採集されたものはすべて在来系統の形態でしたが、2001年に淀川で、2004年に大和川水系でそれぞれ初めて外来系統の形態をもつ個体が得られており、近年得られたものの大部分は外来系統の形態をもっている個体であることがわかりました。すなわち何らかの理由で在来系統は各地で滅び、一方で21世紀に入ってから外来系統が急速に分布を広げているということになります。一見するとどちらも「ドジョウ」ですが、知らないうちによく似た外来ドジョウに置き換わってしまっているということになります。日本各地で同様のことが起こっている可能性があります。それから「ドジョウ」という「普通の魚」を「集めて標本として保管していた」、博物館の重要性もまたこの研究の結果から見えてくるものと思います。大阪市立自然史博物館がドジョウ標本を収集・保管していなければ、こうした外来ドジョウへの置き換わりの状況は把握できなかったでしょう。

それでは何故、外来ドジョウがこの地域に侵入しているのでしょうか。ドジョウは空を飛べませんので、これは人為的な放流に由来することは間違いありません。一般的には食用として輸入された活ドジョウの放逐が疑わしく、食用ドジョウの流通が盛んな関東地方に外来ドジョウが多いのはそれが原因と考えていますが、大阪周辺では食用として売買する文化が現在ではほとんど残っていません。一方で、大阪湾周辺地域ではかなり早い段階からタチウオ釣りの活餌としてドジョウが釣具店で売買されており、現在でも多く売買されています。したがって、大阪平野での外来ドジョウの侵入・定着は、この釣り餌用の輸入活ドジョウの生き残りが野外に放逐され、外来種として定着したことが原因ではないかと、現時点では考えています。

ということで、人為的に放流された外来ドジョウの分布拡大に伴い、数十万年かけて大阪地域で独自の進化を遂げつつあった在来ドジョウが消滅の危機にある、ということがわかりました。ドジョウが自力でつくりあげた世界が人間によって破壊されつつあるということです。この自然遺産(在来ドジョウ)を後世に伝えていくために、ひとまず我々にできることは、よそから持ち込んだドジョウを放流しない、ということに尽きます。ドジョウの事情を尊重するということです。また、在来ドジョウであっても地域によってその遺伝的特徴は異なります。九州の在来ドジョウを関西に放流することはもちろん、兵庫県のドジョウを大阪府に放流することも、これは外来種を放流することと同じです。地域固有のドジョウを地域で大事にしていく、という方向にこの先なっていけばと思います。また本論文がそのきっかけの一つになるよう願っています。ぜひ身近なドジョウの形態を調べてみて下さい。気になる点があればご連絡いただければと思います。引き続き情報収集中です。

 

 ところで私は在来ドジョウの生息場再生とか域外保全とかにいくつか関わっていますが、このあたりは考え方に難しい部分があるようで、混乱がみられます。私が在来ドジョウの保全において気を付けていることとして、以下に4つメモしておきます。

1.ごく周囲に在来ドジョウがいる場合は生息場をつくって勝手にドジョウがやってくるのを待つ。これがベスト。

2.生息場をつくったもののごく周囲に在来ドジョウがいない場合、同一水系から持ち込むのは問題が少ない。ドジョウは移動能力が高いので同一水系で遺伝的に違いがあるということはまずない。同一水系なので逃げ出しても問題がない。ただし在来かどうかの確認は必要。

3.生息場をつくったものの同一水系にすらいない場合、平野を共有する別水系からの持ち込みは問題が少ない。ドジョウは山を越えることは難しいですが、大規模な出水時に平野伝いに分布を広げるため、そうした水系間で遺伝的に異なることはまずない(これは論文作成中です)。ただし在来かどうかの確認は必要。

4.生息場をつくったものの同一水系にも平野を共有する水系にもいない場合、ドジョウの再生はひとまずあきらめます。ただ、例えば隔離された都市公園内の池、海岸近くの孤立したビオトープなど、逃げ出してもその先で定着できそうな場所がない場合は、もっとも近郊の生息地から在来ドジョウを持ち込んで系統保存や環境教育に用いることは問題が少ないと考えています。ただ、このあたりはケースバイケースなので、その都度大学等の専門家に相談するとよいでしょう。これぐらいの相談にはだいたい無料でのってくれると思います。

以上はドジョウ保全のための考え方ですが、ドジョウにおいてはもう一つ、食用としての養殖の問題があります。とにかく逃げ出さないようにして欲しいということがすべてなのですが、ドジョウ養殖において逃げ出しは必須の対策事項と古くから言われているように、逃げ出しを防ぐことは非常に難しいです。それを防ぎつつ大きな成果を上げているのが、大分県での「屋内無泥養殖法」による大分のんきどじょうで、この養殖法だと逃げ出しは最小限に抑えられます。また、もう一つははじめから逃げ出しても良いように、養殖場周辺あるいは同一水系で捕獲したドジョウを元手に始める、ということです。実際のところドジョウ養殖は需要と供給の関係から、新規参入して成功することはかなり難しい情勢と考えています。その中で地域特産品として売り出していくのであれば、地域在来のドジョウ、を養殖して食用にするという売り出し方の方向性は考えられるのではないでしょうか。これは今後の生物多様性保全やSDGs(持続可能な社会の構築)の考え方が主流になる社会で商売をする上で、重要な視点です。ということで今後のドジョウ養殖において必要な考え方を以下に2つメモしておきます。

1.屋内無泥養殖法などの逃げ出さない方法で養殖する。

2.逃げ出しても問題がない種苗を用いる。具体的には養殖場の周囲あるいは同一水系から捕獲してきた個体を用いる。

 

最後におまけですが、放流による保全や放流を伴う水産業を行う上で、日本魚類学会自然保護委員が作成した「生物多様性保全をめざした魚類の放流ガイドラインリンク)」は非常に参考になります。興味ある方はぜひともこの考え方を理解してください。ちなみに私も日本魚類学会自然保護委員の一人です。

 

おまけその2。ドジョウの在来系統と外来系統が形態と遺伝子で区別できる、ということであるならば、この2系統を同種と扱っておいて良いのかという疑問が出てくると思います。M. anguillicaudatusは中国大陸系統であることは間違いありません。したがって日本産ドジョウの学名をどうするかということになりますが、実は日本産はすでにシーボルトコレクションに基づいてTemminck & Schelgelによって記載されています(=Cobitis rubripinnis)。私はこのタイプ標本を現認したことはありませんが、その写真や記載に用いられた図を見る限り、上記の日本産の特徴に一致するようです。これを復活させるという分類学的処置も、今後十分に検討されるべきところでしょう。

 

おまけその3。外来ドジョウ放流の原因として先に食用目的や釣り餌投棄を挙げましたが、実はもう一つありうるものとして、希少鳥類の餌用としての放流があります。これは実際にかつて佐渡島兵庫県などで起こっていたことです(今はもちろんきちんと指針があり行われていません)。昨年に日本鳥学会自然保護委員会から「コウノトリ等の放鳥と給餌に対する考え方について(PDF」という見解が出されており、ここでは「餌として、ドジョウのような淡水魚をはじめとする動物を放流する人が出てくることが考えられますが、これは、生物多様性保全の上で、遺伝的な攪乱を生じさせる恐れが高い行為です。」と明記されています。昨今、自然再生のシンボルとしてトキやコウノトリを呼ぼうという活動が各地で行われていますが、その際に外来ドジョウをばらまいてしまっては、これは単なる環境破壊です。生物多様性保全を目的として行うのですから、環境破壊となる外来ドジョウの放流は、絶対にしてはいけません。鳥だけを見ていてはいけません。餌生物となる在来ドジョウが勝手に増殖し、人為によらずトキやコウノトリが暮らしていけるような湿地帯を各地に再生する、という視野を持つことが大事です。