オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

書評

山田俊弘(2020)〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか.講談社

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著者は植物生態学を専門にしている生物学者で、大学教員です。この本は、はじめにあるように、「生き物の保全は行うべきなのか?」「行うべきとすればその理由は何か?」という問いに対して、色々な観点から考察を行い、最終的に著者の考えに導いていくという構成になっています。考察の流れ、論拠は非常に明確でわかりやすいものでした。これは大学での講義の内容を基盤にしているからかもしれません。結論は、これはタイトルとも強く一致しますが、端的に言えば、生物多様性保全することは「正義」であるということです。正義とか言うと??となる方もいるかもしれませんが、どういう論理展開で「正義」なのか、これは実際に読み解いていくのが面白いと思います。

私は生物多様性保全する意義を説明する時に、「生物多様性は人類の役に立つから」「いつか人類の役に立つかもしれないから」で説明をとめることが多いのですが、この本ではその論は脆弱だと明確に述べています。生物多様性保全する意義は「その先」にある、ということを論じていて、個人的には非常に正しいと感じました。生物好きな人はここまで行って欲しいし、社会的にここまで到達できればとも思います。その前提を共有した中で落としどころを探っていけば、これ以上の絶滅は確かに、確実に、防ぐことができるだろうと思いました。

けれどもその一方で、行政や一般対象の生物多様性の研修などを担当している立場として、ここまで「行ける」人が果たしてどれほどいるのかという感情もあります。「生物多様性は役に立つから」「いつか役に立つかもしれないから」で、十分に腑に落ちるという人は多いのではないかとも思っています。付け加えるならば、「役に立つ」をどこに置くのかというところでしょうか。この本の中でも「役に立つ」ということについて、かわいいとかそういう点も「役に立つ」に含めていて、そうであれば、どんな生物にも必ず「感動」する人はいるだろうから、究極的には役に立たない生物はいない、ともいえるのではないかなと思います。

生物の絶滅、人類の進化、「社会ダーウィニズム」の誤用/悪用の歴史、バイオフィリアなどなど話題も広く、色々と勉強になります。参考文献も確実で充実しています。生物多様性保全に興味がある人にはぜひ一読してもらいたい内容と思いました。

 

余談ですが、インターネットの世界をみていて確信しているのですが、この世にはヒメドロムシやケシカタビロアメンボは言うに及ばす、寄生虫や細菌に至るまで、ありとあらゆる生物になにがしかのファンがいます。つまりそうした人たちにとっては、それらは存在するだけで十分に役に立っているわけです。したがって、あらゆる生物は役に立つor役に立つかもしれない、と考えてもそれほど無理はないのかなという気は、個人的にはしています。なぜ生物多様性保全する必要があるのか、非常に危機的な状況にある今、多くの人にまじめに考えて欲しい問題です。