オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

放流の問題

これまで日本では主に水産の分野において種苗放流というものがなされてきました。しかし放流に伴って意図しない外来種や病原菌がばら撒かれて、色々な問題が生じているのはよく知られているところです。前者では例えば琵琶湖原産のハスや北米原産のミズワタクチビルケイソウ、後者では例えば冷水病やコイヘルペスウイルスなどが挙げられます。しかしそれでも、水産業を持続的に行う上で、水産有用種の放流は意味があるとされて続いてきました。

ところが近年になって、こうした放流はほとんど意味がない、あるいはむしろ目的の水産有用種を減らす、さらにはその他の多様な生物をも減らし生物多様性に大きな悪影響を与えるのではないかという研究が出てきています。ということで、先日に関連する興味深い論文が出ていました。

Terui, A., Urabe, H., Senzaki, M., Nishizawa, B. (2023) Intentional release of native species undermines ecological stability. Proceedings of the National Academy of Sciences, 120 (7): e2218044120 (LINK)

理論分析と実証分析(北海道における21年間のサクラマスの放流履歴と魚類群集のデータ)に基づいて、サクラマスを放流しても増えないどころかむしろ減らしている、さらに他の魚も減らしている可能性が高いことを指摘した論文です。放流よりもむしろ生息環境の再生で増やす方が有効ではないかと考察しています。

こちらのプレスリリース記事がわかりやすいです

www.hokudai.ac.jp

 

水産用種苗放流が対象種の増加にあまり寄与しないのではないか、むしろ野生の個体群に悪影響を与えているのではないかということについては、こちらの総説でも指摘されています。

北田修一(2016)種苗放流の効果と野生集団への影響.日本水産学会誌,82:241-250.

www.jstage.jst.go.jp

 

またこちらも最近の研究ですが、放流されたヤマメが在来個体と交雑することによって遺伝的攪乱が生じ、地域のサクラマス個体群の小型化や卵数の減少が起こり得るかもしれない、ということが指摘されています。

佐藤正人・藤田 学・坪井潤一(2023)ヤマメ養殖魚との交雑によるサクラマススモルト時期および成熟年齢の変化.日本水産学会誌,89:49-55.

www.jstage.jst.go.jp

 

サクラマス(ヤマメ)域に近縁な別亜種のサツキマス(アマゴ)が放流されたことにより交雑し、遺伝的攪乱が生じて、体サイズの低下が生じているという論文も出ています。この攪乱が生じたのは富山県神通川、つまりマス寿司の聖地なわけですが、適当に外来集団であるアマゴを放流した結果、郷土料理マス寿司が未来永劫失われようとしているということでもあります。

田子泰彦(2002)サクラマス生息域である神通川へのサツキマスの出現.水産増殖,50:137-142.

www.jstage.jst.go.jp

 

放流と言えばサケですが、サケについては人工授精をして孵化させた稚魚を放流する事業を続けていますが、近年は戻ってくる個体が少なく不漁が続いています。この点について自然産卵個体群を増やす方が重要ではないか、という指摘がなされています。というNHKの番組。

www3.nhk.or.jp

2023年3月3日追記

もう一つ、放流によって魚は増えないということを示す論文が出ました。天下のScience誌です。

Radinger, J. et al. (2023) Ecosystem-based management outperforms species-focused stocking for enhancing fish populations. Science,  379 (6635): 946-951.(LINK

様々に条件の異なる20の湖においての厳密な実験的な実証研究において、魚の放流が魚を増やす効果がないこと、浅い場所を造成すると稚魚の個体数が増加することなどを示しています。著者らは魚類を効果的に増やす上では放流ではなく、生態系をマネジメントすることが重要であると考察しています。すなわち適切な場を創出することが、魚を増やす上で重要ということです。

 

前に本ブログでも書きましたが

oikawamaru.hatenablog.com

例えば有明海ではアゲマキやクルマエビなど、放流しても禁漁してもまったく増えていません。場が悪ければ資源管理も意味をなしません。もうどうしようもないのです。3人分の部屋と食料しかない家に100人とか1000人とか押し込めても暮らしていけないだろうなんて考えれば誰でもわかることです。その一方で、場が良ければ勝手に増えるのが生物です。それ以上に放流という行為は、水産有用種を増やさないばかりか在来種を減らし、外来種や病原菌の侵入機会になり、まったく良いところがありません。現在は増殖義務の一環として放流という手段がとられることが一般的ですが、放流が増殖につながる条件はかなり限定的であることが科学的に明らかになってきている以上、これは水産行政として政策の転換が必要であると私は思います。

つまり、基本的に放流を増殖義務として認めないということを明確にすべきです。ここで根拠を示すまでもなく、大部分の水産有用種は全く増えていません。つまり政策として失敗していることは明らかです。過去が悪かったということではありません。しかし新しいことがわかったのに変えないということは悪です。こうした事実をきちんと認めて、科学的知見に基づいた水産業の再興を、確実な方針転換を、進めていくべきでしょう。

それから余談ですけど、放流は釣り目的でもしばしば行われます。釣った分を補うのが放流、みたいな考え方も一部にあるかと思いますが、そもそも補わないといけないくらい釣るのは乱獲です。釣り堀じゃないんだから、他の生物だって暮らしているし、その魚が自力で十分に増えるくらいの個体数を残しておかないといけません。他の生物に害悪がある以上は、他の生物が好きな人の意見も尊重されるべきです。川は釣り人だけのものではありません。遊漁についても、何らかの新しい方針を、国として示していくべきでしょう。生物多様性を失いつつあることで各地の水産業やそれに伴う経済、文化は危機的状況に陥っています。今一度、多くの人に考えて欲しい問題です。