オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

Sano, I., Ito, S.,  Yamazaki, D., Kitamura, J.,  Kanao, S., Sugawara, K., Seo, T.,  Shirai, A., Kondo, T., Chiba, S., Saito, T. (2026) Cryptic species diversity in the Japanese freshwater mussel genus Obovalis (Bivalvia: Unionidae), revealed by shell morphology and genome-wide SNPs, with description of a new species. Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research, 2026: e015(リンク)

日本産カタハガイ類の分子系統地理と分類に関する論文です。カタハガイ類はイシガイ科の淡水性二枚貝類です。国内ではこれまでカタハガイObovalis omiensisの1種のみが知られていましたが、本研究により本州の北陸地方と九州の有明海側の個体群が遺伝的にも形態的にも一まとまりとなり、本州の他の産地のものと区別できることが判明しました。カタハガイのタイプ産地は種小名の通り滋賀県なので、北陸・九州系統がカタハガイから区別され、本論文により新種フクレカタハガイObovalis convexum Sano & Kondo, 2026として記載されています。

本研究はカタハガイの分布域をほぼ網羅するサンプリングに基づいており、遺伝子はmtDNAに加えてゲノムワイドな分析も行っていることから、その遺伝的集団構造はほぼ完全に明らかになっていると言えます。その上で北陸地方と九州の個体群がもっとも近縁という分布様式は、純淡水魚類や水生昆虫類でも類似したものが思い浮かびません。かなり興味深いです。ただし北陸集団と九州集団もそれぞれサブクレードを形成し、遺伝的には区別ができるようなので、まったく同じということではありません。

それから九州で水生生物を研究していて気になる点としては、カタハガイは九州では瀬戸内海流入河川にも分布することです。今回の分析では九州産は有明海側(矢部川水系)の1地点のみで、瀬戸内側の集団は検討されていません。九州の瀬戸内海流入河川は、過去の水系接続の歴史から、本州や四国の瀬戸内海流入河川と極めて近い要素をもっており、その生物相が大きく異なります。同種であっても遺伝的に異なる例が多く知られます。したがってカタハガイについても瀬戸内海側に分布する集団がフクレカタハガイかどうかは、今後調査が必要です。手元の標本を見比べた限りでは九州の瀬戸内側に分布するものはカタハガイであり、有明海側から記録されたフクレカタハガイとは異なるように見えます。

なお九州ではカタハガイ類は絶滅寸前という状況であり、福岡県では県条例に基づき指定希少野生動植物種に指定されており、無許可での採捕が禁止されています。罰則規定もあります。現状はカタハガイとしての指定ですが、福岡県産がすべてフクレカタハガイと確認されたわけではなく、県内でのカタハガイ類の採捕は違法採取になる可能性がありますので、みかけてもそっとしておいて下さい。今後に遺伝子解析など進めていきたいと考えています。

 

ということで現時点での九州産イシガイ目二枚貝リストは以下となります。瀬戸内側が調べられていないことを踏まえて暫定でカタハガイも残しています。私がイシガイ類を覚え始めた頃とは全く違ってきました!その多様性が過小評価されていたことがよくわかります。今後もさらに研究が進むと思われますので、楽しみです。

・フネドブガイ Anemina arcaeformis (Heude, 1877)

・ミナミタガイ Beringiana fukuharai Sano, Hattori & Kondo, 2020

・ドブガイモドキ Pletholophus reinianus (Martens, 1875)

・ヌマガイ Sinanodonta lauta (Martens, 1877)

・キュウシュウヌマガイ Sinanodonta kyushuensis Sano & Kondo, 2025

・ミミドブガイ Sinanodonta pacifica (Heude, 1878) ※外来種

・キュウシュウササノハガイ Lanceolaria kihirai Kondo and Hattori, 2019

・ササノハガイ Lanceolaria oxyrhyncha (Martens, 1861)

・ニセマツカサガイ Inversiunio yanagawensis (Kondo, 1982)

・イシガイ Nodularia douglasiae (Griffith and Pidgeon, 1833)

・オバエボシガイ Inversidens brandtii (Kobelt, 1879)

・フクレカタハガイ Obovalis convexum Sano & Kondo, 2026

・?カタハガイ Obovalis omiensis (Heimburg, 1884)

・マツカサガイ Pronodularia japanensis  (Lea, 1859)⁠ ※3系統のうち広域分布種

 

こちらはおそらくフクレカタハガイObovalis convexumと思われます(福岡県の筑後川水系産)。

 

イシガイ類について過去のブログ記事いくつか

oikawamaru.hatenablog.com

oikawamaru.hatenablog.com

日記

先週は日本魚類学会年会がありわりと元気に参加したのですが帰宅翌日から体調が低下しさらにその翌日から発熱し12時間経過したその翌日に病院に行ったところインフルエンザA型でした。久しぶりに感染しました。皆様もお気をつけください。

ということで魚類学会会場は滋賀県の長浜バイオ大学だったのですが、せっかくなので湖岸にて例の水生昆虫を探してみました。実は新種記載以来まだ採集したことが無かったのです。それは、しかし、みつけることができました。これです↓

ビワコナガレカタビロアメンボ Pseudovelia lasiomma Watanabe & Hayashi, 2023

2023年に新種記載された琵琶湖固有種です。湖岸の波打ち際で暮らしているようです。琵琶湖の湖岸にはこれまで何度も立ち寄ったことがありましたが、私はその存在にはまったく気が付いていませんでした。しかし今回改めてそうした目で見てみると・・ほどなく発見できました。わりとたくさん。身近な場所にもまだまだ発見が眠っています。

本種の特徴は複眼に密に毛が生えていることですが、確かにはえています!いったい何の意味があるのでしょうか?

ついでに本土の他の2種も紹介します。

エサキナガレカタビロアメンボ Pseudovelia esakii Miyamoto, 1959

かつては東北地方の湖にしか生息しないと思われていましたが、近年になって本州・四国・九州の大河川の下流域に比較的普通に生息していることが判明しました。より正確に書けば、大河川の下流域に本種に似た種がいるっぽいことは長らく認識されていましたが、よく似た別種ではと考えられていたものでした。ところが遺伝子を調べてみたところ一致し、形態的差異も認められないことがわかり、実は似た種ではなく本種そのものであることがわかったという経緯です。上記の個体は由緒正しい?猪苗代湖産です。

 

ナガレカタビロアメンボ Pseudovelia tibialis Esaki & Miyamoto, 1955

おなじみのナガレカタビロです。北海道、本州、四国、九州、対馬、南西諸島(中之島以北)、朝鮮半島、ロシア極東部と広い分布域をもち、河川上流域や上流域から取水する水路では普通にみられます。何気なくみかける種類ですが、拡大してみるときわめて美しい雰囲気をもった水生昆虫であることがわかります。上の個体は長崎県の離島産です。

 

日記

超暑い夏を乗り越えて涼しくなった結果、体調がいまいちです。がんばって生きています。

オオマルケシゲンゴロウHydrovatus bonvouloiri

八重山産。何気なく撮影したところ、頭部と胸部の間、もやもやと何か物質がでているのが写っています。つまんで撮影容器に入れた直後なのでその刺激で出したのかもしれません。

ところでこの白い物質、ゲンゴロウ屋さんにはおなじみでしょう。大型ゲンゴロウ類では目立つ、この白い液体です↓

こちらはコガタノゲンゴロウと白い液体。ということでこの液体のにおい物質は何なのか?という論文を昨年に書きました。

 

中村和宏・中島 淳・平川周作・富澤 慧・古閑豊和 (2025) コガタノゲンゴロウが分泌する揮発性硫黄化合物の解析.におい・かおり環境学会誌,56:270-276.

www.jstage.jst.go.jpゲンゴロウが出すあの物質については興味をもって調べられた研究は当然複数ありましたが、これまで揮発性物質の同定はきちんとされていなかったようです。今回、我々の分析により、主にジメチルトリスルフィド(DMTS)及びジメチルジスルフィド(DMDS)が主であることを解明しました。同時にDMTSについては魚類に対する毒性があることもわかりました(DMDSに魚毒性があることはすでに知られています)。したがって少なくともコガタノゲンゴロウにおいては、捕食者として想定される鳥類や魚類に対する捕食回避のための物質ではないかと考察しています。私の職場には化学物質分析の専門家や毒性試験の専門家がいるので、とても良い共同研究となりました。

ちなみにこのDMTSとDMDSはラフレシアやショクダイオオコンニャクなど”悪臭”を出して昆虫を引き寄せる植物のにおい物質の主成分としても知られています。昨年はちょうどそうしたにおい物質をつくりだす遺伝子の進化に関する研究が出たこともあって、こちらに興味深い記事が出ています↓

natgeo.nikkeibp.co.jp

まったく縁遠いラフレシアとコガタノゲンゴロウが同じ物質を体内で合成していることは大変興味深いですし、およそ4000種ともいわれるゲンゴロウ科でこうしたにおい物質を合成する遺伝子がどう進化していったのかなど、詳しく調べていくとさらに面白い発見があるかもしれません。

 

日記

先週は八重山諸島の某島に行っていました。SNSで知り合った方々と湿地帯調査でした。

うち1名は地元の方なので、色々と事前に調整をしてもらい、普通は入ることができない水田などなどにも、持ち主の許可を得て調査をさせてもらうことができました。

 

アカヒラタガムシHelochares anchoralis

南西諸島を代表する止水性種です。大きいです。

 

クロヒラタガムシPeltochares atropiceus

こちらも南西諸島を代表する止水性種。同じく大きいです。

 

コクロヒラタガムシChasmogenus abnormalis

こちらも南西諸島を代表する止水性種のひとつ。

 

こちらはまた別の湿地にて、サトミヒラタガムシEnochrus satomii

止水性種にしては珍しく南西諸島の固有種です。最近少ない種であり、久しぶりに見ました。本土のキベリヒラタガムシに似ていますが、大きさはキイロヒラタガムシくらいです。

 

湿地の周りにスッポンがいました。スッポンの分類はよくわかりません。

 

夜間走り回っていたらヤシガニがいました。この島では少ないらしいです。幸運です。ビッグに成長して繁殖して天寿をまっとうして欲しいです。ヤシガニは60年以上生きることが知られており、陸上最大の甲殻類でもあります。食用になっている側面はありますが、明らかに捕獲圧に弱い生き物です。商業利用はそろそろ禁止すべきではないかと、個人的には思います。

 

この島にはすばらしいマングローブもあります。美しい湿地帯の風景。夢に出そうです。

 

かなり良いクバ笠があったので思わず買ってしまいました。素晴らしい出来ですが、これで3000円と破格のお値段でした。安すぎる・・。

 

ということで記念写真。同行者がいると自分の写真を撮ってもらえるのが良いですね。調査にお声がけいただいたカニ隊長、かんきょドンさん、ありがとうございました!

 

日記

生きてます。怒涛の8月でした。

先日に捕獲したオオミジンダルマガムシLimnebius miyazakii

 

同じく先日に捕獲したクロホシコガシラミズムシHaliplus basinotatus

8月末は東北地方某所に行ってオフ会?的なものに参加してそのあとアクアマリンいなわしろカワセミ水族館などに行っていました。

 

原生的な湿地帯と二次的な湿地帯

しばしばある質問として「水田は人工環境なのだからそこにいる生物を保全する意味はないのでは?」というものがあります。水田の生き物と言えば、トノサマガエル、ドジョウ、ミナミメダカ、ゲンゴロウ、タガメ、マルタニシなどが思い浮かびます。水田ができる前はこれらの生き物はこの世に存在しなかったのでしょうか?そんなことはないですね。

例えばドジョウは日本列島と中国大陸に近縁種が分布しますが、これらはそれぞれ40万年とかそれ以上前に分岐したと考えられます。つまり人が日本列島にすみつき、水田をつくるはるか以前からドジョウはいたということになります。水田ができる前に水田に暮らす生き物がいた環境とはつまり、平地の河川の氾濫原湿地です。こうした氾濫原湿地は水田に改変されていきましたが、偶然にも自然の水位変動・定期攪乱のシステムと似ていたので、氾濫原湿地のような環境として機能し、これらの生き物が水田で生き続けることができたのです。

人の手によらない自然環境を「原生的自然」、人の手による自然環境を「二次的自然」として一般的に定義されますが、この2つの自然は生物多様性保全にとっていずれも重要です。日本列島における二次的自然の多くは、原生的自然として河川氾濫原湿地が有していた、常に攪乱される自然環境です。したがって繰り返しとなりますが、原生的な氾濫原湿地は人の手で失われましたものの、人の手によりつくられた二次的自然環境である水田が比較的似たシステムの環境として機能して、豊かな生物多様性を維持することに貢献してきたわけです。ところが近年では水田域の近代化や、水田域そのものの消滅により、二次的自然としての機能が失われました。氾濫原湿地を失い、二次的自然としての水田が失われれば、当然そこに暮らす生き物は減ります。トノサマガエル、ドジョウ、ミナミメダカ、ゲンゴロウ、タガメ、マルタニシなどのよく知られた生物が、現在、各地で絶滅危惧種となっているのは、これが原因なのです。

ということで原生的自然である氾濫原湿地が、二次的自然である水田に改変され、そうした水田も開発により失われている、というイメージがつかみやすいと思われる航空写真を、以下にGoogleマップのリンクで示します。1つめはロシアのアムール川流域に残る原生的な氾濫原湿地、2つ目は青森県岩木川流域の氾濫原湿地の痕跡がみえる豊かな水田地帯、3つ目はかつて水田地帯でしたが開発で失われた福岡市那珂川・御笠川流域です。

(1)原生的自然の氾濫原湿地(ロシア・アムール川流域)

川の周囲に浅い湿地帯が広がり大小さまざまな小河川、水路、池沼が無数に存在しています。こうした湿地帯が水田でみられる湿地帯生物の本来の生息環境です。

(2)二次的自然の水田地帯(青森県・岩木川流域)

川の周囲に水田地帯が広がり、自然の小流路や池沼の痕跡がみられます。自然の湿地帯になんとなく似た風景です。

(3)水田地帯が消滅した状態(福岡県・那珂川・御笠川流域)

川の周辺は1920年代の地図では広大な水田地帯でしたが、現在では都市化が進み水田はほぼ消滅。かつての池沼も多くは埋め立てられました。

 

以上の写真をみると、二次的自然としての水田地帯に豊かな生物多様性がある理由がわかりますし、現在そうした生き物が減ってしまった理由もわかるのではないでしょうか。かつての関東平野、濃尾平野、大阪平野、福岡平野などは規模の大小はあれども、いずれも(1)ロシアのアムール川流域のような、河川が縦横無尽に走り、大小さまざまな水路と池沼からなる、大湿地帯だった、というわけなのです。そうすると失ってきたものの大きさもわかりますし、生物多様性が損なわれて困っているといった事態において、どのような対策をとるべきかも見えてくるだろうと思います。

 

かつて西日本の水田地帯では普通にみられたというトノサマガエル。私が主に調査をしている福岡県では絶滅危惧IB類に選定され、平地からはほぼ絶滅してしまいました。

 

かつて全国の水田地帯で普通にみられたというタガメ。私が主に調査をしている福岡県では絶滅危惧IA類に選定され、現在のところ確実な生息地はみつかっておらず、すでに絶滅した可能性があります。

 

日記

なんだか直近の締め切りを守る仕事ばかりでブログを書く心の余裕がありません。いけません。

今日のとある川。ここはこの冬に治水対策としての浚渫をした場所。河川部局と協議をして、治水安全度を確保しつつ、流路を保全し河川敷が湿地帯になるように掘ってもらいました。よい感じの湿地帯になってて、生き物もたくさんいました。全体からしたら微々たるものかもしれないけど積み重ねが大事。

あの湿地帯どーなったかなと思う湿地帯が各地にあって、時々見回りにいくわけですが、なくなってたりそのままだったり稀に良くなってたり。もっと新しい湿地帯がどんどんできないかなと思っています。