Takahashi, H., Møller, P.R., Shedko, S.V., Ramatulla, T., Joen, S.R., Zhang, C.G., Sideleva, V.G., Takata, K., Sakai, H., Goto, A., Nishida, M. (2016) Species phylogeny and diversification process of Northeast Asian Pungitius revealed by AFLP and mtDNA markers. Molecular Phylogenetics and Evolution, 99: 44-52.(リンク)
東アジア域におけるトミヨ属の系統地理。非常に重要な知見が多く含まれており、東〜北日本の生物地理を考察する上でも外せない論文です。データは重厚で考察も読み応えがあり、トミヨ属がこの地域でどういう風に分布域を形成してきたのかが、色々と妄想できました。
この中で個人的に気になるのはやはり分類のこと。日本産トミヨ属の分類は長らく混乱しており、魚類検索第3版では6種、エゾトミヨP. tymensis、ミナミトミヨP. kaibarae、トミヨ属淡水型P. sp.1、トミヨ属汽水型P. sp. 2、トミヨ属雄物型P. sp.3、ムサシトミヨP. sp.4として整理されています。この論文では日本産からは絶滅したミナミトミヨ以外の5種が解析に加えられています。
淡水魚愛好家として見逃せないのが、トミヨ属雄物型として知られていた種が大陸のP. kaibaraeと同一の遺伝的(核DNA+ミトコンドリアDNA)なクレードを形成していたことです。P. kaibaraeと言えばミナミトミヨなわけですが、この論文でも雄物型をkaibaraeとして扱っています。では雄物型がミナミトミヨ!?再発見!?というのは早計。ミナミトミヨは京都府を模式産地として記載された種で、すでに絶滅していますが、これと朝鮮半島産のミナミトミヨとされているものが同種かどうかはまだ分類学的な結論が出ていません。さらに雄物型とミナミトミヨには形態的差異があるので、「本物のミナミトミヨ」の遺伝的特徴が明らかになっていない段階では、P. kaibarae=雄物型とは単純には言えないでしょう。もちろん分類学的にひとまとめにしてしまう、というのも結論としてはありうるとは思いますが。
また、もう一つ個人的に気になっているムサシトミヨについても興味深い結果が得られています。ムサシトミヨはトミヨ属淡水型や中国からロシアに広く分布するP. sinensisと同一クレードを形成しています。ただし、ムサシトミヨの形態的な特異性は以前から指摘されていた通りであり、今回の遺伝的な解析でもトミヨ属淡水型と同じクレードにはいますが、よく見ると山形県の一部地域のトミヨ属淡水型とムサシトミヨはそれぞれ明確なサブクレードを形成しています。したがって分類学的には山形県一部地域のトミヨ属淡水型とムサシトミヨもP. sinensisとは区別すべきものであるように思います。
そしてトミヨ属汽水型はサハリンや千島列島に分布するP. pungitiusと同一の遺伝的なクレードを形成しています。
このあたりからすると遺伝的な背景と形態の対応はずいぶんと整理されてきており、エゾトミヨP. tymensis、ミナミトミヨP. kaibarae、トミヨ属淡水型(トミヨ?)P. sinensis、トミヨ属汽水型(イバラトミヨ?キタノトミヨ?)P. pungitius、トミヨ属雄物型(未記載種)、ムサシトミヨ(未記載種)、トミヨ属淡水型山形集団(未記載種)の7分類群として分類学的な定義を与えることが可能になのではないかと思いました。特に本州のトミヨ属魚類の生息状況は危機的で、早急に分類学的な決定と標準和名の提唱を行うべきでしょう。この研究を足がかかりにしてその方面の研究が進展することを期待します。
それからこの分布域を見るにつけて、東アジア地域で最も南に分布していたミナミトミヨという貴重な生物を容赦なく絶滅させた日本人の罪深さを感じます。
以前に北海道でつかまえたエゾトミヨP. tymensis。