オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

剣山の死闘〜珍姫泥を追って(後編)

前回までのあらすじ
「〜幻の珍姫泥ツルギマルヒメドロムシO. inahataiを求めて、日本各地から剣山に集結した超人たち。若き天才・オガー氏の圧倒的な採集能力の前に、力の衰えた湿地帯の貴公子・おいかわ丸はなすすべもなく敗北する。しかし最後の最後にどうにか1匹の採集に成功し、かろうじて死は免れた。そして闘いの場は次のポイントへ。果たしておいかわ丸はかつての輝きを取り戻せるのか?」
ということで、次なるポイントに向かう。林道はさすがに良い雰囲気で、雨のせいか両生類が多い。種類は多くないが。まず出会ったのはニホンヒキガエル。つかんだらグウとかギュウとかつぶやいていた。

さらにしばらく行くと、最後尾を歩いていたY富さんが何かを発見したようである。みんなで見に行くと、そこには大きなサンショウウオが!!これはいわゆる昔オオダイガハラサンショウウオと呼ばれていたやつ!!(今はイシヅチサンショウウオです)。しかもシーボルトミミズを食おうとしていたようである。ただ、これは写真を撮ろうとしたところ、地面にあった穴に吸い込まれるようにして、消えていってしまった。残念。。しばらく行くと別の小さい個体がいたので、とりあえずこれをみんなで激写した。

イシヅチサンショウウオのやや小さい個体
そんなこんなしているうちに次のポイントに到着。しかしここはあまり個体数が多くないとのことで、しばらく採集してみたもののやはりあまりよくなさそうだったので、さらにもう一ヵ所別のポイントへと向かった。こちらは標高もかなり高く、道もさらにハードである。だがこの先にきっとイナハタイの桃源郷がまっているはずである。

道なき道をいくイナハタイ採集部隊

タゴガエル。おそらく数年後にはツルギタゴとかになっているに違いない。
さて、次のポイントに到着した。このポイントもまた、かなり迫力のあるガレ場である。これも厳しそうですね、とつぶやきつつ、とりあえず手頃な石をヒョイとひっくり返す。すると、なんと、いきなりイナハタイが登場したのであった!ヒャァアア〜〜イタイタ〜〜。私の間の抜けた声が雨降る森林に響く。ここでの一個体目は私が採集に成功したのであった。この引きを一地点目で欲しかった。ということで、いるぞとなったのでガレ場をよじのぼって各々採集開始である。先ほどと同様、やはり網では採れない。一つづつ石をめくっていくのが結果的には一番効率が良いようである。


過酷な採集風景
しかし、採集は過酷であるが、ここのポイントにおける個体数は「比較的」多く、ポツポツと採れる。そして、採集数個体数は明らかに、ひっくり返した石の数に比例する。黙々と石をひっくり返していくしかない。その最中、とある石をひっくり返した時、何やら鮮やかなオレンジが目に飛び込んだ。ん??これは・・

鮮やかなオレンジ
アッーーー!思わず声が漏れる。このオレンジはイナハタイの色彩変異である。そう、イナハタイを含むOptioservus属は上翅に美しい模様を持つ種が多いのだが、実はイナハタイにも模様を持つ個体がいることが知られているのである。しかも、この個体の模様はわりあい珍しそうで、イナハタさんからも「これは良い個体です」とのお墨付きをいただいた。やった・・俺はまだ戦える。失いつつあった自信を完全に取り戻すことに成功したのだった。

黒ver.(上)とオレンジver.(下)。イナハタイバリヤバイ。
十分に満足したのでひとまず下に降りることにした。足取りは軽い。途中で大きなイシヅチサンショウウオに遭遇し、今度は逃がさぬよう鉄壁のガードをしながら、みんなで撮影会を開催した。

小型サンショウウオ界最大クラスの迫力はすさまじい!
一端下までおりて、昼食であるところのコンビニおにぎり等を食べながら駐車場でしばし歓談した後、日帰り参加のY富さんとはここでお別れである。残る三名はお泊りであるからして、さらに命が続く限り採集を続行する。雨は強いが、イナハタイをすでに採っているので、皆の魂は沸騰している。雨を理由にするものは、そこにはいなかった。
次なる沢では、イナハタさんが1個体のみイナハタイを採集したものの、非常に個体数が少ないようでそれ以外のヒメドロムシは採れなかった。あと1ヵ所回る時間が残ったので、イナハタさんが今日の早朝に採集したという別の沢へと向かうことにした。そう、実は今日は9時集合だったのが、早く着いたイナハタさんはすでにウォーミングアップ採集を行っていたのだった。達人は違う・・

道中出会ったニホンヒキガエル。観念したポーズ。

道中出会ったアカハライモリサンショウウオのふりをして林道を歩いていた。
ほどなくその沢に到着する。いかにもいそうである。イナハタさんの早朝採集によれば、ここにはイナハタイとオガタイが混ざるという。何を言っているのかわからない人のために解説すると、オガタイとはイナハタイと同属のタテスジマルヒメドロムシO. ogatai Kamite, 2015のことである。がっちりとした、これまた源流性のヒメドロムシで、これは九州にも分布している(ただし2ヵ所のみ)。これは予想であるがおそらくイナハタイが最源流に、その少し下流側にオガタイが流程を違えて分布しているのだろう。そして、この沢はちょうどその分布境界域にあたるのではなかろうか。まあ細かいことは自宅に帰ってから妄想するとして、まずは採集である。

と、実はこの沢には死ぬほどたくさんのオガタイが生息していることがすぐにわかった。すなわち、目視で、単に上から見ていても、歩いているのが見えるのである!これはすごい。あっちにも、こっちにも、スタスタ歩くオガタイが見える。ヒャッハーー!!オガー氏もブツブツ言いながら次々とつまんでいく。イナハタさんも黙々とつまんでいく。これは面白い。

歩いているタテスジマルヒメドロムシ(オガタイ)

石につかまっているタテスジマルヒメドロムシ(オガタイ)

結構な雨の中、沢を凝視してヒメドロムシ採集を楽しむ人たち
ということでここでも存分に採集を楽しむことができた。パッとみた感じではオガタイの個体数の方が圧倒的に多かったようだが、後日何匹ずつ入っていたかを報告しあうこととした。こうした知見の積み重ねが、生態の解明にもつながるであろう。

ここで時間は17時半を過ぎ、いい加減暗くなってきたので終了とした。その後は宿に入り、打ち上げとなった。イナハタイ採集ツアーは、個人的にはパーフェクトであったと言えよう。満足である。

今回の採集ではあらゆる常識が覆された。やはり、コレハという種の発見は常識にとらわれていてはできないものである。およそ水がなさそうな(でも干上がることはほとんどない)沢において、石を一づつひっくり返しながら目視で採集するというヒメドロムシの採集は、はっきり言って斬新である。しかし、確かにこういう環境では網は使いものにならないことがわかった。そして、九州の最源流にはタテスジマルヒメドロムシが生息していると思い込んでいたが、さらにその上流にイナハタイと同様のものが分布しているのではないか?という疑念も生じてきた。そう考えていくと、いそうな場所もいくつか想像がつく。今回の採集により、新たなステージへ旅立つことができそうである。色々と得るものが多い採集であった。採集記もこれにて、お終いとしたい。

本邦初公開のツルギマルヒメドロムシOptioservus inahatai Kamite, 2015の水槽写真(禁無断転載)。か、かっこいい・・

★今回ご案内いただいたイナハタさん、また私の思いつき採集会に付き合って下さったオガーさん、Y富さん、ありがとうございました。来年は九州で探索会をしたいと思います。よろしくお願いします。