オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

剣山の死闘〜珍姫泥を追って(前編)

昨年、日本のヒメドロ界を震撼させたあの新種が記載されたのは記憶に新しい。そう、ツルギマルヒメドロムシOptioservus inahatai Kamite, 2015である。その画像を見た瞬間、私は「マジで・・」と独りつぶやいたものである。おおよそ日本のヒメドロムシ相は解明されつつあり、もちろん新種も次々に記載されているが、ああ、あの種はやっぱり別種だったのだね、というのや、まあああいう環境ならいるかもね、というものがほとんどである。しかし、このイナハタイは違う。源流に生息するヒメドロは、少なくとも私自身は「見切った」と思っていた。これ以上想像を絶するものなどいないと思っていたのだ。しかし、それは浅はかであった。愚か者であった。これはぜひとも、この手で採集し、その生息環境を肌で感じたい。いや、感じなくてはならない。ということで昨年の甲虫学会において、発見者であるイナハタさんに、ずうずうしくも現地を案内してもらう約束をしていたのであった。そして、その時は来た。2016年9月某日、剣山において「イナハタさんと行くinahatai採集ツアー」は敢行された。
 今回の参加者は私とイナハタさん、そして若きヒメドロハンター・オガー氏と、もはや日本水生甲虫界のドンであるところのY富さんである。偶然ながら、九州(私)、本州(イナハタさん)、北海道(オガーさん)、四国(Y富さん)と、皆さん全員が違う島に在住である。集合時間に皆さんきちんと集合し、挨拶もそこそこに早速採集に向かう。

早速林道へ向かう達人の皆さん。ほとばしるオーラに胸が熱くなる。
林道をてくてくと、イナハタさんを先頭に歩いていく。あいにくの雨模様であるが、まだ見ぬイナハタイに興奮しっぱなし、テンションMAXの私にとっては、何の障害にもならない。とある谷にてイナハタさんが立ち止まる。「ここです。」指差す先には・・およそ沢らしい沢はなかった・・。一見するとただのガレ場のようである。

ポイントその1
しかし、確かによく見ると沢である。「今日は増水してますね〜」、と仰るイナハタさん。そうか・・これで増水しているのか。動揺を隠しつつ、まずは発見者に採集方法を聞く。「はい、網ではまず採れないので、石を一つづつひっくり返していきます。だいたい裏側にくっついているので、それを目視で探します」・・え!?目視!?ルッキング??衝撃である。ヒメドロムシと言えば、瀬の石をじゃらじゃらして、それを網様のもので受けて捕まえるというのが常識である。ただ、言われてみると水はほとんどないし、実際に網を使ってみると落ち葉や泥などで大変見難い。なるほど、目視か。これまでの経験は何の役にもたたないが、とりあえずやってみるしかない。戦い開始である。


こんな場所でこうしてひたすら石をひっくり返す様子
「あ、いた!す、スバラしい!!」ほどなくオガーさんが声をあげる。ウラヤマシイが集中集中。しかし、採れない。賽の河原の鬼も真っ青という勢いで石をめくっては目視していくが、採れない。そうこうしているうちにオガーさんは4個体ほど採っていく。イナハタさんも採っていく。さらにはY富さんの方からも「ああ、いるね」とつぶやく声がする。なんと!開始20分ほどで私以外の全員が採っているという、考えたくない展開である。実は今回密かに狙っていたものがあった。それは地球史上二番目にイナハタイを採集した人類になることであった。ところがその夢はオガーさんにあっけなく、奪われた。さらには三番目すらも逃したのである。頬を伝う雨水がだんだん塩辛くなってくるかのような錯覚を覚えながらも、しかし、泣き言を言っている場合ではない(言っていたけど)。採らなければ敗北である。ひたすらひたすら、石をひっくり返していく。雨は強くなっていく。もうダメなのか・・そう思ったその時。

「!?」い、石の裏にひ・・ヒメドロムシが・・ガッ・・クハッッコレハッッ!!!!き、キターーー!!イナハタイことツルギマルヒメツヤドロムシィィィィィ!!!!

幻のツルギマルヒメドロムシのお姿
このために、九州からフェリーに乗ってやってきたのである。この感じ、狙いの虫を採ったこの感じ。そう、最近何か足りないと思っていたのは、この感じだったのだ。何だかすべてがどうでもよくなってきた。幸福感というのか、極楽浄土に旅立つ時とはこういう感じなのだろうか。遅ればせながら、確実に、目的のイナハタイを採集することができたのである。満足である。しかし、ここでは私は1個体しか採れなかった。他の達人たちも、追加があまり採れていないようである。イナハタさんによると、他にもポイントはあるそうなので、次はそちらに向かうことにした(つづく)。