オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

Kanno, K., Onikura, N., Kurita, Y., Koyama, A., Nakajima, J. (2018) Morphological, distributional, and genetic characteristics of Cottus pollux in the Kyushu Island, Japan: indication of fluvial and amphidromous life histories within a single lineage. Ichthyological Research, 65: online first (リンク
共著論文が出ました。「九州産カジカの形態的・分布的・遺伝的特性:単系統内における生活史2型の仮説」です。従来九州産カジカは大卵型(陸封型)と中卵型(回遊型)の2種とされていましたが、種判別マーカーとしてよく用いられるミトコンドリアDNAの部分塩基配列の特徴ではいずれも「中卵型」の系統になり(すなわち本州の「大卵型」とは異なる系統)、しかも九州内の「大卵型」と「中卵型」は胸鰭条数で形態的に区別できるものの、今回用いた遺伝子領域では区別できないことがわかりました(九州の「大卵型」は河川ごとに遺伝的特徴が異なり、九州の「中卵型」はこのうち1つの系統に含まれてしまう)。ということで本論文では九州における大卵型(陸封型)と中卵型(回遊型)は同種内の生活史多型ではないか?という考察を行っています。
気になるのは形態も生態も違う「2型」が、遺伝子(今回用いた領域)で区別できないのは何で?というとこです。仮説としては(1)各地域で独立に「大卵型(陸封型)」と「中卵型(回遊型)」が進化しつつあった(別種になりかけ)、(2)実は形態も生態も可塑的に変化可能でどの個体群も場合によっては(例えば堰がなくなれば)すぐに「大卵型(陸封型)」から「中卵型(回遊型)」が出現する(完全に同種)、(3)この遺伝子領域では区別できないけど他の領域なら区別できる(すなわち本来は遺伝的にも区別可能だけどこの領域では検出できてないだけ)(完全に別種)、などの可能性が考えられます。このあたりは今後の課題かと思います。付録のESM Fig.S2(リンク※Tifファイル3.7MB)は核遺伝子ITS1での系統樹ですが、サンプル数は少ないもののここでは「大卵型」と「中卵型」はきれいにわかれています。
また、もうひとつ気になるのが分類学的な取り扱いでしょう。今回はこの「2型」間において形態が異なる理由や、生殖的な隔離などが調べられていないので、九州の「大卵型」を分類学的に中卵型に含めるべきかどうかは、まだ判断できないと個人的には考えています。他の遺伝子領域でも区別できないのかを確認する必要もあるでしょう。今後の展開を楽しみにしたいと思います。
ところで今回の論文では現在確認されているほぼすべての九州産個体群を用いているので、その点では決定版なのですが、一方ですでに絶滅した日本海側や瀬戸内海側の「中卵型(回遊型)」の遺伝子を調べられなかったのが残念です。九州の「中卵型(回遊型)」は今川、番匠川室見川嘉瀬川筑後川矢部川、緑川、球磨川、米ノ津川ですでに絶滅しています。主に1960年代頃までに河口堰の建設等により遡上が阻害されて絶滅してしまったのだと考えています。あるいは産卵場所となる下流域の川砂利採取のせいではないか、下流域の水質汚濁の影響があったのかも、産卵期(1〜3月)に集中する河川改修のせいでは、などの意見も聞いたことがあります。同時多発的な絶滅は、これらの複合的な要因であることを示しているのかもしれません。いずれにしろ、これらの集団の絶滅により、九州島内において「カジカ」がどのようにして進化しつつあったのか、ということは未来永劫わからなくなってしまいました。自然史研究において生物多様性保全は何よりも重要、ということをこの論文を作成するにあたり痛感した次第です。

こちらは有明海側に現存する「中卵型(回遊型)」カジカです。九州において海と川を行き来するカジカの個体群は有明海側に6水系(ほぼ同一個体群で安定しているのはおそらく1〜2水系のみ)、八代海側に1水系のみという非常に危機的な状況です。分類学的な位置づけはともかく、これらの個体群は九州の他のカジカとは異なる特徴をもつ貴重で特異な集団であることは明らかです。なんとか絶滅を回避して、次の世代に残せるよう、努力したいものです。