「湿地帯中毒」で書こうと思っていて、忘れていたのが「湿地帯が人間に及ぼす害悪」についてです。本の中では、湿地帯の生物の多くが絶滅しかかっていて、それらがいなくなることに対してなんとか保全をしたい、というようなことを多く書きました。しかし、そういうことを語る上で、湿地帯が人間に及ぼす害悪については、当然のことながらよく知っておく必要があります。
湿地帯が人間に及ぼす害悪、直接的なものとしてはやはり、増水・洪水・氾濫という部分でしょう。湿地帯の生物の多くが減少する直接的な原因として、河川の改修というものは大きな比重をしめていますが、それらは決して生物を減少させるためにしたものではなく、こういった部分を少しでも改善しようとして行われたものです。
それからもう一つ、湿地帯には人間に害悪を及ぼす湿地帯生物が多く存在することも忘れてはなりません。マラリアや日本脳炎等多くの致死的な病気を媒介するカの仲間は、幼虫時代は水の中で成長する典型的な水生昆虫で、その対策に多くの労力がさかれたことはよく知られています。現在特定外来生物となっているカダヤシが日本中にばらまかれたその理由は、まさにカの幼虫であるところのボウフラ対策にあったわけです(あんまり効果なかったけど)。それから、福岡県や山梨県の一部などで風土病として恐れられた日本住血吸虫症に関する出来事も、湿地帯生物の保全を考える上で忘れてはならないことであります。
日本住血吸虫の詳細はこのウィキペディアの記事(リンク)が非常に力作で読み応えがあります。ここを見てもわかるように、その撲滅にあたり行われた中間宿主であるところのミヤイリガイ(カタヤマガイともいう)の根絶大作戦は、それはそれはすさまじいものであったようです。生息可能な水路という水路はコンクリートで固められ、殺貝剤をまいて、火炎放射器で焼き殺す、という徹底的な駆除が行われた結果、ミヤイリガイはこれらの地域では完全に絶滅し、結果として日本住血吸虫症も根絶することに成功したわけです。
野生生物の保全と人間の生活は必ずも対立するものでなく、可能な限り共存を目指すべきだと思いますが、どうしても両立しないものあるということが、このような事例では見えてきます。
とは言え、そういう中でも両立できる部分については、事細かく両立のための努力をしていくのが、21世紀の人間社会と言えましょう。こういった事実は事実としてよく学んだ上で、湿地帯生物の保全と人間活動をどうやって両立させていくべきか、よくよく考え、最大限の努力を社会全体でしていかねばならないのでしょう。
ミヤイリガイは私も興味をもっている湿地帯生物であり、その縁の地は訪問しています。上の写真は山梨県のミヤイリガイ終焉の地。解説パネルがありました。鳥類をはじめとする多くの湿地帯生物にとって良好な湿地帯(しかし地元の人たちにとっては恐ろしい死の湿地帯)が、日本住血吸虫症撲滅のため、完全に破壊されたことが、記されています。
福岡県のミヤイリガイ供養碑。そうは言ってもミヤイリガイは単なる中間宿主であっただけで、根絶させられたのはとばっちりとも言える災難であったことでしょう。そういうことに心を痛めた人たちもいて、このような供養碑が建てられたということは、多くの人に知って欲しいと思います。今後の野生生物との関係は、このような心ももって、その方向性をしっかりと考えて行くべきだと思います。
福岡県産のミヤイリガイ標本。筑後川流域の低湿地帯を代表する湿地帯生物の一つでした。福岡県版レッドリストでは絶滅とされています。
宮入貝供養碑(生息最終確認の地)
我々人間社会を守るため筑後川流域で人為的に絶滅に至らされた宮入貝(日本住血吸虫の中間宿主)をここに供養する