Matsui, M., Okawa, H., Nishikawa, K., Aoki, G., Eto, K., Yoshikawa, N., Tanabe, S., Misawa, Y., Tominaga, A. (2019) Systematics of the widely distributed Japanese clouded salamander, Hynobius nebulosus (Amphibia: Caudata: Hynobiidae), and its closest relatives. Current Herpetology, 38: 32–90. (LINK)
最近になって分類学的研究が猛烈に進展している日本産サンショウウオ類ですが、超弩級の論文が発表されたので紹介します。カスミサンショウウオ種群の分類学的研究です。カスミサンショウウオには古くから高地型とか瀬戸内型とか、色々な地方型の存在が知られていました。この論文では分布域を完璧にカバーしたサンプリングを行い、ミトコンドリアDNAのcytb領域による遺伝子解析と詳細な形態計測に基づき、分類学的な整理を行っています。質量ともに歴史に残る名作と感じました。その結果、旧カスミサンショウウオは9種に分類されることとなりました。以下がその9種とその分布域(都道府県)です。
●サンインサンショウウオHynobius setoi Matsui, Tanabe & Misawa, 2019
●ヤマトサンショウウオ Hynobius vandenburghi Dunn, 1923
分布域は本州(愛知県、岐阜県、三重県、滋賀県、奈良県、京都府、大阪府)。模式産地は奈良県。
●セトウチサンショウウオHynobius setouchi Matsui, Okawa,Tanabe & Misawa, 2019
分布域は本州(和歌山県、大阪府、兵庫県、岡山県)、四国(香川県、徳島県)。模式産地は岡山県。
●イワミサンショウウオHynobius iwami Matsui, Okawa, Nishikawa & Tominaga, 2019
●ヤマグチサンショウウオ Hynobius bakan Matsui, Okawa & Nishikawa, 2019
●カスミサンショウウオHynobius nebulosus (Temminck & Schlegel, 1838)
分布域は九州(福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県)、壱岐島、福江島、対馬。模式産地は長崎県。
●アブサンショウウオ Hynobius abuensis Matsui, Okawa, Nishikawa & Tominaga, 2019
●アキサンショウウオHynobius akiensis Matsui, Okawa & Nishikawa, 2019
●ヒバサンショウウオHynobius utsunomiyaorum Matsui & Okawa, 2019
分布域は本州(兵庫県、岡山県、広島県、鳥取県、島根県)。模式産地は広島県。
各種の分布域詳細は論文のFig15にある通りで、純淡水魚の分子系統地理学の近年の研究成果をみていると、なるほどと納得できる部分が多いです。例えば、海を隔てて本州と四国に分布するセトウチサンショウウオ(近畿・中国東部と四国東部に共通)、アキサンショウウオ(広島県と愛媛県に共通)、ヤマグチサンショウウオ(山口県と大分県に共通)の3種の分布パターンは、最終氷期あるいはそれ以前の氷期の水系接続の歴史を想像させ、似たような分布パターンをもつ純淡水魚も知られています。
島根県の東部~鳥取県~兵庫県西部の日本海側のみに分布するサンインサンショウウオの分布は、同じくこの地域固有のサンインコガタスジシマドジョウとそっくりです。一方で島根県西部に分布するイワミサンショウウオの分布は、同じくこの地域固有のイシドンコの分布と似ているように思います。
また、山口県と島根県のかなり限られた地域にのみ分布するアブサンショウウオは、国内でもっとも遺伝的に近縁な種が高知県に分布するトサシミズサンショウウオという結果になっていますが、これは山口県に分布するヤマトシマドジョウA型と高知県に分布するトサシマドジョウがミトコンドリアDNAcytb領域で描いた系統樹上は近縁であるという関係を彷彿とさせます。
東海地方から近畿地方にかけて広く分布するヤマトサンショウウオでは、これら同地域に分布する純淡水魚類と同様に、東海地方産と近畿地方産では遺伝的には比較的深い分岐をもっているようです。妄想がとまりません。
それから肝心のカスミサンショウウオについても、さらりとすごい結果が出ています。カスミサンショウウオはシーボルトコレクションに基づいて記載された種であるため、我らが九州北部のカスミこそが「本物の」カスミということで、学名の変更はなくその点は安心なのですが、今回の論文で壱岐、福江、対馬のものもカスミであることが示されています。ここでマニアックな湿地帯中毒患者の方はおや?と思うことでしょう。そうです。対馬には固有種ツシマサンショウウオがいるはずです。それはどうなったのか。ということですが、結論として対馬にはツシマサンショウウオとカスミサンショウウオの2種が分布するということが明らかになったのです。驚きです。遺伝的にはツシマサンショウウオとカスミサンショウウオは近縁であるものの、区別が可能であることがこの論文でも示されています。すなわち古い時代に同一の祖先が隔離されて種分化したツシマとカスミが、その後の氷期(おそらく2万年前の最終氷期)に九州と対馬が地続きとなった際に、九州本島からカスミが対馬に移動してきたことによって二次的に同所的に生息するようになったのであろうと思われます。これは大変興味深いです。
ということで本論文は基本的には分類学の論文ですが、ここで提供されているデータは純淡水魚や水生昆虫類の同様な研究事例と並べて比較することで、西日本域の地形成立様式に重要な情報を与えるものであると思います。そして個人的な妄想が大変はかどる楽しい論文であると言えます。
先日の日記で紹介したこの個体は、すなわちカスミサンショウウオHynobius nebulosusということになります。シーボルト様のおかげで、我らが九州のカスミサンショウウオは永久に不滅です。
さて、これらカスミサンショウウオはじめ8種の仲間たちは、日本各地でかなり減少傾向にあります。この論文でも各種の記載文中にConservation(保全)の項目を付してそのレッドリストランクを中心とした状況をまとめています。毎年この時期になると、ネットオークションなどで乱獲された卵塊が売られているのを目にします。これは個体群に大きな悪影響を与えるもので、即刻止めるべきものです。もし飼いたいのであれば、自分で採集した幼生数個体からはじめれば十分なはずです。これらカスミサンショウウオはじめ8種は日本列島の地史の生き証人たちです。絶滅させることの無いよう、現代に生きる我々は、責任をもってこれらのサンショウウオたちを守り、存続させていかなくてはなりません。今回の論文は各地で行われていくこれらサンショウウオたちの保全活動においても、大きく貢献する内容であると思われます。繰り返しになりますが、くれぐれも乱獲はしないで、これらサンショウウオたちを大切にして下さい。
ところでこの論文の第二著者である大川博志氏が東広島市自然史研究会のHPに「西条盆地のカスミサンショウウオ(リンク)」という文章を書かれていることをSZ-1さんに教えてもらいました。今回分類が行われたカスミサンショウウオのいくつかについて、その研究の背景や経緯、生態的特徴などが詳しく解説されていて大変面白いです。大川先生は高校教員をされながら、広島県域を中心とした地域のカスミサンショウウオ類を40年以上にわたり詳細に精力的に調査されてきたのだそうです。今回の論文はこれらの自然史研究の蓄積が大きく貢献していることは言うまでもありません。ご教示いただいたSZ-1さん、ありがとうございました。