オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

Tominaga, A., Matsui, M., Nishikawa, K. (2019) Two new species of lotic breeding salamanders (Amphibia, Caudata, Hynobiidae) from western Japan. Zootaxa, 4550: 525–544. (LINK)

今年出版された九州関連のサンショウウオ分類論文でもう一つ重要なものも紹介します。ブチサンショウウオです。

ブチサンショウウオ類の分類には若干の混乱があり、ずっと昔はただ1種ブチサンショウウオH. naeviusだけだったのですが、実はよく似た別種が含まれていることが後にわかり、しかもこの種はすでにH. naevius yatsuiとして1947年に記載されていたことまでわかり、コガタブチサンショウウオH. yatsuiとして区別されました(Tominaga & Matsui, 2008)。ところがベッコウサンショウウオに用いられていた学名H. stejnegeriの模式標本を精査したところ、なんとこれがコガタブチサンショウウオであることが判明。学名H. stejnegeriは学名H. yatsuiよりも記載が古いことからコガタブチサンショウウオの学名がH. stejnegeriに変更(同時にH. yatsuiは二度目の消滅)、そしてベッコウサンショウウオが未記載であったことから新種H. ikioiとして記載されるという衝撃の論文が出たことは記憶に新しいです(Matsui et al., 2017)。これでブチサンショウウオH. naevius、コガタブチサンショウウオH. stejnegerに決定しめでたく終了・・かと思いきやそうではなかったというのが今回の論文です(前置きが長くてすみません)。

ということでこの論文では「ブチサンショウウオH. naevius」の方を遺伝的・形態的に詳しく調べ、実は3種からなる種群であったことが判明し、このうち本州・中国地方に広く分布するものをチュウゴクブチサンショウウオH. sematonotos、九州北東部に分布するものをチクシブチサンショウウオH. oyamaiとしてそれぞれ新種記載しました。また、本物のブチサンショウウオH. naevius」の方は実は九州北西部の比較的狭い地域に分布する種であることが今回の研究から明らかになりました。ちなみにブチサンショウウオシーボルトコレクションに基づいており、すなわちシーボルト様のおかげで本物のブチサンショウウオは未来永劫九州産ということになります。かつて1種と考えられていたブチサンショウウオには実は4種が含まれていたのです。そしてこのうち3種(ブチ、チクシブチ、コガタブチ)が九州に分布することになります。

ということで現時点で九州地方のサンショウウオ属は以下の11種となりました。

カスミサンショウウオHynobius nebulosus (Temminck & Schlegel, 1838)

分布:福岡県、佐賀県長崎県熊本県、鹿児島県

●ツシマサンショウウオHynobius tsuensis Abe,1922

分布:長崎県対馬

●ヤマグチサンショウウオ Hynobius bakan Matsui, Okawa & Nishikawa, 2019

分布:大分県(及び山口県

オオイタサンショウウオHynobius dunni Tago, 1931

分布:大分県熊本県、宮崎県

●ブチサンショウウオHynobius naevius (Temminck & Schlegel, 1838)

分布:福岡県、佐賀県長崎県

●チクシブチサンショウウオHynobius oyamai Tominaga, Matsui & Nishikawa, 2019

分布:福岡県、大分県熊本県

●コガタブチサンショウウオHynobius stejnegeri Dunn, 1923

分布:福岡県、佐賀県大分県熊本県、宮崎県、鹿児島県(及び東海地方以西の本州、四国)

●ベッコウサンショウウオHynobius ikioi Matsui, Nishikawa & Tominaga, 2017

分布:熊本県、宮崎県、鹿児島県

●ソボサンショウウオHynobius shinichisatoi Nishikawa & Matsui, 2014

分布:大分県、宮崎県、熊本県

●アマクササンショウウオHynobius amakusaensis Nishikawa & Matsui, 2014

分布:熊本県天草諸島

●オオスミサンショウウオHynobius osumiensis Nishikawa & Matsui, 2014

分布:鹿児島県

私が九州大学生物研究部小動物班に加盟して両生類のお勉強をはじめた1998年頃は、九州の小形サンショウウオはカスミ、オオイタ、ツシマ、ブチ、ベッコウ、オオダイガハラの6種と言われていたので、ずいぶんと研究が進んだ感があります。

11種というと細かく分けすぎなのでは!という人もいるかもしれませんが、それぞれの論文を読めばわかるようにいずれも遺伝的にも形態的にも区別できることが示されており、分類学的に区別することについては妥当であると思います。すなわち細かく分けすぎということではなく、そもそも本来区別すべきものをようやくきちんと区別できるようになったというあたりが正しい認識でしょう。より正確にその多様性の実態が認識されて、各地の「宝」として扱われて、今後も人類と末永く共存していくことを願っています。なお、これらの九州産サンショウウオのうち、アマクササンショウウオ、ソボサンショウウオ、オオスミサンショウウオの3種は種の保存法に基づく国内希少野生動植物種に指定されており、無許可での採捕は厳しく禁止されています。またベッコウサンショウウオは分布する全県でそれぞれ県独自の法令により採捕が禁止されています。

 

参考文献

Matsui, M., Nishikawa, K., Tominaga, A. (2017) Taxonomic relationships of Hynobius stejnegeri and H. yatsui, with description of the amber-colored salamander from Kyushu, Japan (Amphibia: Caudata). Zoological Science, 34: 538-545.

Tominaga, A. & Matsui, M. (2008) Taxonomic status of a salamander species allied to Hynobius naevius and a reevaluation of Hynobius naevius yatsui (Amphibia, Caudata). Zoological Science, 25: 107-114.

 

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ということで記載者の富永篤博士から写真を提供いただきました。写真左がチクシブチサンショウウオHynobius oyamai、右がコガタブチサンショウウオHynobius stejnegeriです。いずれも福岡県産です。

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それからこちらがブチサンショウウオHynobius naeviusです。こちらも富永博士提供の佐賀県産です。
ブログでの写真使用をご快諾いただいた富永さん、本当にありがとうございました!