昆虫食陰謀論がネット上のごく一部でにぎわっているのをみかけました。あれは陰謀論です。根も葉もない噂に飛びついて誹謗中傷に加担するのはよろしくありません。ところで日本では昆虫食というと長野県が有名ですが、実は全国的に昆虫食文化がかつては存在していました。大正8年に発表された以下の論文がおそらく最重要文献の一つではないかと思います。
三宅恒方(1919)食用及薬用昆蟲ニ関スル調査.農事試験場特別報告,31:1-203.(LINK)
イナゴやカイコ、スズメバチやザザムシなどの有名食材昆虫に加えて、地域によってはコオロギやタガメ、ゲンゴロウ、ガムシなど実に多様な昆虫類が食べられていたことがよくわかります。また、地方名も拾っており、その点からも貴重な情報が満載です。
また、こちらの論文は世界の昆虫食の総説的な内容で情報が充実しています。
新井哲夫・東野秀子(2009)昆虫と食文化.山口県立大学学術情報,2:106-123.(PDF)
なぜか私の手元にある食文化誌ヴェスタvestaの2010年79号は虫を食べる文化特集号ですが、こちらには上記の三宅(1919)とさらにその後の調査に基づいて作成されたわかりやすいマップが示されています。
こうした学術的な資料を見ると、日本において昆虫食というのは全国的に特別に珍しいものではなかったことはよく理解できます。一方で、全都道府県で食べられていたことになってるのに、その都道府県出身なのに、食べたことも聞いたこともない!という方も少なくないと思います。この点については、例えばドジョウなんかが同様で、あんな魚絶対に食べないよ!と言う話を聞いた集落からわずか2㎞ほど離れた集落で昔はたくさん食べたな!という話を聞いたりするので、日本の食文化はきわめて多様で地域性があるんですね。つまり日本において昆虫食は全国的にあった、というのは正しいと同時に、昆虫食はどこでも普通というものではなかった、というのもまた正しいと言えます。ただし、そういうことから、日本において昆虫食はおかしい、変だ、というのは明らかに間違いなのであります。
残念ながら、生物多様性の破壊により、かつての多様で豊かな日本の昆虫食文化は失われ続けています。国内でのゲンゴロウの食文化もおそらくもはや絶えてしまったことでしょう。ゲンゴロウは各地で絶滅してしまい、とても普通に出会えるような状況ではありません。食べるどころではないのです。
自分が食べ慣れたもの、食べるのが好きなものを食べ続けるには、生物多様性の保全しかないのであります。これは生物多様性の供給サービスとか文化的サービスですね。昆虫食文化を維持する上でも、また、今食べている魚介類の食文化を維持する上でも、生物多様性の保全が必要だということになります。
ところで私は昆虫を食べるのは普通に好きです。以前にイナゴを捕まえて調理して食べた日記はこちら↓
クリーミーなコオロギを堪能した日記はこちら↓
日本国内でゲンゴロウがどのような調理法で食べられていたのか、私はまだ資料を持ち合わせていないのですが、手元の本では中国広東省での食べ方が書かれていました↓
この本は「食べられる生きものたち 世界の民族と食文化48(丸善出版)」です↓
国立民族学博物館の作成している「月刊みんぱく編集部(編)」ということで、多くの本気の研究者がかかわった学術書でもありますが、読みやすくて面白いです。ゾウの食文化とかも載ってます。