オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

片野 泉・根岸淳二郎・皆川朋子・土居秀幸・萱場祐一(2010)土砂還元によるダム下流域の修復効果検証のための指標種の抽出.河川技術論文集,16: 519-522.

たまには論文紹介。先日のシンポ時に出た論文集から特に心に響いた一報です。

通常ダムが出来るとダム上流では細かい粒径の土砂が堆積し、その一方でダム下流では細かい粒系の土砂が減少し粒径が粗くなるという問題が知られています。となると当然、生物相にもかなりの変化が起こるわけで、本来の姿に戻すためにはダム下流部に人為的に土砂をいれて環境修復を行う必要があるでしょう。実際にいくつかそのような事例(下流河川土砂還元というらしい)があるようですが、これまでその効果を生物相の側から検証した例がなかった、というか検証するための方法がなかったというのが現状のようです。

ということでこの論文ではどのような生物種が土砂粒径の変化に影響を受けるのか、ということを明らかにし、さらにその中からどのような種が指標種として向いているのか、ということを検討しています。近畿・中部の数地点での実際の調査データを用いて、GLMMによってモデルを構築し検討した結果、シジミ科、トビイロカゲロウ科、ヤマトビケラ科、ヒメトビケラ科、グマガトビケラ科※、ヒメドロムシ科が細粒河床材料の量によって生息密度を左右されるという結果が得られました。さらに見つけやすさや採集のしやすさなどから、著者らは特にヤマトビケラ科が細粒河床材料に関する指標種としてもっとも優れているのではないか、と結論しています。

調査方法、解析方法、結果、結果の解釈ともに非常にわかりやすく説得力のある内容なのではないかと思いました。論文中でも指摘していますが、ヤマトビケラの密度と細粒河床材料の量の具体的な数値としての関係や、この指標性が近畿・中部以外の河川でも同様に発揮されるのか、などについて検討していくことで、今後実際の現場での環境指標として役に立ちそうです。

個人的にはヤマトビケラ密度と魚類相の関係なども検討しておくと環境指標としてよりよいのではないかと思いました。土砂還元が生態系復元を目的として行われているのであれば、魚類や鳥類なども含めた潜在的な生物相が回復することが目的であるはずで、そのためにはこの指標種の生息密度というものが、土砂量のみならず他の生物種の密度やファウナとどのような関係にあるのかということも、研究段階では押さえておく必要があるでしょう。

余談ですが、ヒメドロムシ科が指標種候補に挙がるという論文展開はヒメドロファンとしてかなり盛り上がりました。まさかヒメドロ主役になっちゃう!?とか思ってドキドキして論文を読み進めていました。しかし「見つけにくい」という理由から「指標種に適していない」という結論でした。とても残念です。残念ですが私もそう思います。

追記:論文ではグマガトビケラ科となっていましたが、ケトビケラ科を使うのが一般的なようです。Sea-Moonさんご教示ありがとうございました。