オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

先日の日記のネタに関連してカエル関係の文献を色々と教えてもらったのでそのうち3つについてここで紹介&考察。
村上 裕(2008)愛媛県におけるトノサマガエルとヌマガエルの分布傾向.爬虫両生類学会報,2008:89-93.
村上 裕・大澤啓志(2008)水稲の栽培型がトノサマガエルとヌマガエルの分布に与える影響.保全生態学研究,13:187-198.
芹沢孝子(1985)トノサマガエル-ダルマガエル複合群の繁殖様式II.春先きに水がない場所でのダルマガエルとトノサマガエルの産卵.爬虫両生類学雑誌,11:11-19.
村上(2008)と村上・大澤(2008)は、同じ著者による愛媛県での調査事例。上が愛媛県全体での分布状況の報告で力作。下はそのデータのうち中予地域に絞って水稲栽培型と両種の分布傾向の関連を詳細に調べた論文。
これらによると、まずトノサマガエルは山間部を、ヌマガエルは平野部を中心に分布しているものの、トノサマガエルの分布制限要因が標高ではないことが説明されています。
水稲の栽培に注目すると、山間部では早期栽培(4月中旬に水入れ〜6月中旬に中干し)が主であり、平野部では普通期栽培や短期栽培(6月上旬に水入れ〜7月下旬に中干し)が主であることが示されています。
また、かつて平野部でトノサマガエルが多くみられた時代(1960年代)においても通常期栽培が主流で、田植え時期は6月であったことが確認できます。では何が変わったかというと、それは稲の品種であり、栽培品種の画一化とともに短期栽培が主流になり、もっとも栽培期間が長い品種と比較して40日以上短くなっていることがわかりました。
これらのことから、現在中予地域の平野部でトノサマガエルが激減した理由は、水稲栽培期間の短期化(=田植えから中干しまでの期間が短縮)により、幼生が十分に成長できないうちに水田から水がなくなってしまうことにあるのではないか、と結論づけられています。これはトノサマガエルの幼生期がヌマガエルと比べて長いという生活史特性からも裏付けられます。
次に芹沢(1985)。こちらの論文では愛知県において2種の卵巣発達過程を調査して、その繁殖生態の違いと水田に水が入る時期の遅れが産卵に与える影響を考察しています。これによると、ダルマガエルでは一産卵期に複数回の産卵を行い、一回目の産卵を終えた後しばらくして二回目の産卵を行うことを明らかにしています。また、水田に水が引かれ広い水面が出現した段階で一斉に産卵するとも述べられています。そのため、水田に水が入るのが遅れると、始めの産卵が遅れ、二回目以降の産卵を行う前に産卵期が終わることから、総産卵数が減少する可能性を指摘しています。
一方でトノサマガエルでは一産卵期に一回の産卵を行うので、水田に水が入る時期が遅れても水が入った段階で一斉に産卵を行うため、総産卵数は減少しない可能性を指摘しています。また、水田に水が入る前にも水田内の水が流れる溝で産卵しているとも述べられています。
これらのことから、ダルマガエルの方が水田に水が入る時期の遅れに対する負の影響が大きいものと推察しています。
以下、福岡県平野部でのトノサマガエル減少要因について考えてみます。芹沢(1985)ではトノサマガエルは水田の水入れ時期が遅れてもダルマガエルより影響が少ないことが示唆されています。しかし、論文中ではトノサマガエルは5月から産卵を開始し、6月中旬にはすべての個体が排卵を終えていたことも示されています。ダルマガエルでは、産卵期が終われば体内で用意された成熟卵はそのまま体内で萎縮して産卵されないと記されていることから、トノサマガエルでもその水田水入りの時期が遅すぎると、産卵ができない可能性が高いと思われます。
そして、福岡県と愛知県の位置関係からすると、福岡県のトノサマガエルの産卵期は6月中旬にはすでに終わってしまっている、すなわち6月中旬から水田に水が入り始めるのでは、産卵には遅すぎるのではないかと考えられます。さらに、愛知県の事例と異なり水稲栽培直前まで麦を栽培しているので、水田内は乾燥しており産卵可能な溝のようなものはありません。
また、福岡県でも山間部には比較的トノサマガエルがみられる場所があり、全体的な分布様式は愛媛県の状況とよく一致しているように思います。福岡県における水稲栽培型の歴史や現状は調べていませんが、愛媛県と同様に麦作をしているということから考えると、同様に栽培品種に変化があり、水田に水がある期間が短期化しているために、幼生の成長に十分な時間がないというのは理由として大きそうです。ということで、これらの研究例からすると、やはり福岡県の平地でトノサマガエルが激減した理由は、水稲栽培型の変化(水田に水が入る時期が遅くなり、水田に水がある時期が短縮している)に関係が深いものと考えられます。
今後福岡県でトノサマガエルの復活を目指すには、まず、九州北部地域でのトノサマガエルの生活史の記載研究が重要であろうという結論に達しました。生活史研究重要。あと水稲栽培と麦栽培、圃場整備の歴史もきちんと押さえないといけないですね。ツチガエル、アマガエル、ドジョウ、メダカ、ゲンゴロウ類なども絡めて調べてみると面白そうです。こういうの文理融合型の研究って言うんですかね。