オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

日記

河川整備計画、というものは行政が管理している河川については概ねあるわけですが、それらの一部は公開されています。河川法によって河川環境の保全が河川整備の目的の一つに挙げられているので、河川整備計画においてその川の生物相に関する情報はだいたい挙げられており、どのように保全していくかの方針なども書いてあります。ということで河川に棲む生物の保全に興味がある人は、この河川整備計画を読むと面白いと思います。身近な河川は、基本的にこの河川整備計画にそって整備されていきます。
生物のほかにも、流域の歴史とか文化、過去の水害や治水の記録なんかもわかりやすく解説してあって、勉強になります。ということで今日は訳あって矢部川の河川整備計画など見ていました(リンク)。


興味深かったのは矢部川の右岸と左岸での熾烈な争い。この川は藩の境界になっていたので、川を挟んで向かい合っていますが、別々の国です。「それぞれの領土を濁流から守るため、相手側に向かって水勢をはねだす強固な石積みの「水刎」を競って構築」や、「両藩がそれぞれ自ら設けた堰の水を他藩に落とさないことを目的に、1664 年より約 180 年間をかけて、矢部川の中上流域に「廻水路」(バイパス)が設けられており」、などの記述があります。確かにこのバイパス構造は地図で見てもなんか変で、何のための水路なのかな、と少し不思議に思っていたのですが、相手の堰を迂回して自分の堰に水を引き込む構造だったということで、驚きました。。
こういう歴史は実は地域で合意形成しながら生物の保全策を進めていく上で、知っておくべき重要情報です。軽率な発言で、そういう300年前から続いているような地域の感情的な部分を逆なでしないよう、気をつけなければいけません。うまくいくはずのものも、うまくいかなくなってしまいます。