オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

遺伝的多様性

生物多様性保全に係るあれこれはやはり21世紀の人類の共通課題ということで、ネット上では日夜色々と議論がなされています。その中で、一番わかりにくいのが「遺伝的多様性の保全」ではないかと思います。そもそも実害がないじゃん、という意見も散見されます。ところが実際にはそうでもなく、遺伝的攪乱が実害を出しているのではないか、という事例が報告されています↓
神通川で漁獲されたサクラマスの魚体の小型化は何故起こったのか?(PDF)」
及びこの研究成果の概要→リンク
富山県水産試験場による報告ですが、神通川における近年のサクラマス体サイズ低下の一因として、環境構造の変化や漁獲圧に加えて、人為的に放流された別亜種サツキマスとの交雑が示唆されています。すなわち遺伝的攪乱により漁業資源としての価値が低下したかもしれないということですね。関連論文はこの3つ↓
サクラマス生息域である神通川へのサツキマスの出現 リンク
神通川で漁獲されたサクラマスの最近の魚体の小型化 リンク
「Detection of hybrids between masu salmon Oncorhynchus masou masou and amago salmon O. m. ishikawae occurred in the Jinzu River using a random amplified polymorphic DNA technique リンク
環境構造の悪化や個体群全体の傾向を調べる必要はありますが、少なくともこれらの研究結果から、サツキマスとの交雑個体(F1)は体サイズが低下することが示されており、人為的な遺伝的攪乱が水産資源としての価値を低下させたことが強く疑われます。
遺伝的攪乱は、実際にどこにどういう実害が出てくるか不明、そしてそれが起こったら元に戻すことは限りなく不可能に近い、ということが前提としてあります。そうであれば、あえて遺伝的多様性を破壊する必要はない、避けられるものは避け、できる限り保全を検討していくべきた、という考え方がもっとも合理的な結論となるでしょう。


おまけ
遺伝的多様性の保全外来種問題を社会問題として考えて行く上で、最近読んだ以下の一連の論考は非常に興味深くためになりました。
「57頭の交雑ザル殺処分 ── “認める倫理と“認めない倫理”の学説 リンク
「「人間さえ良ければよいのか?」人間中心主義思想から考える交雑ザル殺処分 リンク
環境倫理から考える ── 果たして交雑ザル57頭殺処分は妥当だったのか リンク
特にこの中で出てきた
「遺伝的多様性を人為的に撹乱することは、貴重な情報に満ちた遺跡を損壊するに等しい行為だ」
という考え方は、遺伝的多様性の保全を社会的な合意を得て実施していく上で、とても重要でわかりやすい考え方です。その上で「人の心」を加味しながら、取り返しのつかなくなる部分をうまく避けつつ、落としどころを見出してやっていく必要があるのだと思います。生物多様性保全に興味がある方は、これらの論考を一読されることをお勧めします。



おまけのおまけ 前に出した図をもう一度