オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

Tominaga, K., Nagata, N., Kitamura, J., Watanabe, K., Sota, T. (2019) Phylogeography of the bitterling Tanakia lanceolata (Teleostei: Cyprinidae) in Japan inferred from mitochondrial cytochrome b gene sequences. Ichthyological Research: online first(LINK

我らがヤリタナゴの網羅的な分子系統地理論文です。こちらに著者の富永さん所属機関によるプレスリリースも出ています(リンク)。

ヤリタナゴはコイ科の純淡水魚ですが、朝鮮半島の一部と本州、四国、九州の広域に自然分布し、カマツカと同様に純淡水魚としては非常に広い自然分布域をもっている珍しい分布様式をもつ種です。本論文では日本列島の40地点から得られた442個体のヤリタナゴについて、ミトコンドリアDNAのcytb領域の特徴から、その集団構造を調べたという内容です。やっていることはわかりやすいですが、さすがに広域分布種だけあって、非常に興奮度の高いデータが示されています。私の心に響いたポイントを以下に示します。

100万年規模で分化した7つの遺伝的集団・・やはり、というべきでしょうか、ヤリタナゴについても当然、地域によってその遺伝的特徴は大きく異なることが明らかになりました。大まかには3つ、も少し細かく見ると7つ、(山陰)+(九州北西+九州南西)+(東北日本海+(東海+(北陸+近畿瀬戸内)))という形になっています。

山陰集団がもっとも独特・・けっこう驚きですが、山陰地方にはサンインコガタスジシマドジョウやミナミアカヒレタビラ(北陸までいますが)などの固有の淡水魚類が分布しており、ヤリタナゴに古い系統が残っていることもありえなくはないのですが、こうして示されると感動です。山陰のヤリタナゴも大事にしましょう。

本州の東西での遺伝的分化が比較的小さい・・移動能力の低い純淡水魚類では中部山岳地帯が障壁となってここより東に古い系統が、西に新しい系統が分布するものがあります(カマツカ属、シマドジョウ属、ギギ属など)。ところがヤリタナゴでは差異はあるものの一般的に考えられるほどのものではありませんでした。これは本種にある程度の塩分耐性があり、比較的近年に沿岸沿いに北に分布を広げたことを示していると考察されています。本種は汽水域にも生息するという知見、日本海が低塩分の時代があったという知見、そして東日本において本種は日本海側のみに分布し太平洋側に分布しないという事実、からもこれらは裏付けられます。

関東地方固有集団がみつからなかった・・既存文献を見る限り関東地方にもともとヤリタナゴがいたことはほぼ確実と、私も考えていますが今回固有の遺伝的集団はみつかりませんでした。もちろん今でも関東地方にヤリタナゴはいますが、それはすべて東海あるいは近畿由来の外来集団でした。すでに絶滅してしまっているとしたらとても残念です。

我らが九州には3集団・・九州では日本海側に九州北西集団、有明海側と瀬戸内側の一部に九州南西集団、瀬戸内側の一部に近畿瀬戸内集団が分布する形になっています。このうち九州北西集団と南西集団は本州産とは大きく異なる独自の集団でこれもまた保全上重要な集団であることが明らかです。もともと九州産ヤリタナゴは口髭の長さや背鰭条数に本州産との差異があることが知られていましたが、遺伝的にも裏付けられたと言えましょう。ところで気になるのが瀬戸内側に2系統(九州南西集団と近畿瀬戸内集団)が出ているところですが、ここは本来は近畿瀬戸内集団のみが分布していたのではないかと個人的には考えています。色々な情報から、また他の湿地帯生物の分布状況から、九州瀬戸内側の九州南西部集団の分布は人為的なものによると疑っています。

さて、ということでヤリタナゴには非常に大事な100万年レベルで分化した地域集団が残存する一方で、深刻な遺伝的攪乱の実情があることも明らかになりました。とはいえ、未来に伝え守るべき地域個体群はまだ各地にのこっています。あきらめるのはまだ早いのです。この人為的な遺伝的攪乱を招いた大きな原因は、おそらく遊漁目的のヘラブナや水産増殖目的のアユの種苗放流に混入したものと思うのですが、近年では釣り目的のタナゴ類の愛好家による小規模な放流がかなりの問題行為で、水系レベルでは取り返しのつかない事態になっている場所もあります。各地の遺伝的集団は、地域の自然遺産です。そして、自己中心的な考えなしの生物の放流はすべて環境破壊です。そうしたことをぜひ、多くの方に知って欲しいと思います。

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ということで九州南西集団の巨大ヤリタナゴです。婚姻色はまだまだ薄いです。幼少時から淡水魚愛好家でありましたが、図鑑など見ていてヤリタナゴって地味だな~などと思っていたのですが不謹慎でした。九州に来て初めてその繁殖期MAX巨大雄個体を見た時にその衝撃はたいへんなものでした。ありえない色、迫力、他のタナゴにはない独特の魅力を放っていました。そして各地のヤリタナゴにはそれぞれ、異なる色彩、形があることを知りました。無秩序な放流でそれらを破壊してはいけません。ヤリタナゴはどれも同じではないのです。各地のヤリタナゴを大事にしましょう。よろしくお願いします。

(※2019年10月31日追記 解析地点・個体数に誤りがあったので修正しました。加えてグループ分けについても少し修正しました。)