オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

金子洋平・中島 淳・石間妙子・須田隆一(2018)福岡県における侵略的外来種の簡易スクリーニング法.福岡県保健環境研究所年報,45:66-71.(PDF

3年前の論文ですが紹介するのを忘れていたので少し紹介。福岡県では2018年に「福岡県侵略的外来種リスト2018」を公表しています(リンク)。このリストでは県内で定着記録のある外来種のうち、いくつかの条件を満たした630種について「侵略性」を判定し、「高い侵略性があると判断されたもの」を275種選定しています。それでは「高い侵略性があると判断」はどのように行っているのか?その手法を具体的に解説した論文が、今回紹介する論文となります。

今回用いた手法では、植物、動物それぞれにおいて、先行研究を参考にして侵略性に関連すると思われる13の質問項目を新たに整理し、それに従って各種を採点し、国の「生態系被害防止外来種リスト掲載有無」を対照データとしてROC曲線を用いて解析し精度を検証するとともに、スコア4点以上が「侵略的外来種として妥当」という結果を導いています。

こうすると、国リスト掲載でありながらスコア3点以下の種、国リスト未掲載でありながらスコア4点以上の種、というのも出てくるわけですが、これがある程度地域性を反映したものになるということです。行政が作成する侵略的外来種リストは、行政的課題としての外来種対策の優先度を決めるための科学的な根拠の基盤となります。例えば本結果により、福岡県においては国リスト掲載のグッピーよりも、国リスト未掲載のビワヒガイの対策をしたほうが良い、優先順は高い、ということが根拠をもって言えるようになるわけです。こうした採点式の侵略性評価は世界的にも一般的なものですが、その中身については地域の実情なども反映してまだまだ改良の余地はあるように思います。本論文はそうした研究の一例となるものでしょう。

論文中の評価項目は以下です。

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ところで社会的課題としての外来種問題の議論はしばしば「荒れ」ますが、建設的な議論をする上では以下の前提を共有することが欠かせません。

まず「外来種とは?」

・人の手によって自然分布域外から持ち込まれた生物(自力できたものは外来種でない)

・持ち込まれた年代は問わない(1か月前でも1万年前でも人為によれば外来種

この2点が最重要な定義となります。

それから「外来種はすべて問題で撲滅すべきものなのか?」というと「そうではありません」。例えば稲をはじめとして多くの農作物は外来種です。対策が必要な外来種とは「侵略的な外来種」と評価されるものです。侵略性とは、生態系、人の健康、農林水産業などに大きな悪影響を与えるものとして定義されます。環境省のこの解説が詳しいです↓

www.env.go.jp

以上の点は「定義」ですから、私見を挟む余地はありません。社会的課題としての外来種問題解決を目指した議論をする上では、これらの「定義」を共有した上で行うことが欠かせません。事前にその点を共有しておくと時間の無駄がなくて良いと思います。

 

また、そういうところで、今回紹介した論文のように「侵略性の程度の科学的判定」という研究が重要になってくるわけです。福岡県内で定着している外来種としてもっとも侵略性が高いもののひとつが、北アメリカ原産のアライグマです。上記の論文のスコアでは10点をたたき出しています。本種は希少な両生類等を食べる生態系被害、SFTS等の人獣共通感染症の媒介者となる健康被害、果実等を食い荒らす農林水産業被害などの高い侵略性をもつ外来種です。すべての外来種にはそれなりに侵略性はあると判断はできるのですが、人員的にも予算的にもすべてを同時に対策できない以上は、科学的手法によって優先順位をつけるという必要性が出てくるわけです。

なお、日本においては一般的に侵略性の高い外来種と定義されるものは環境省農水省による「生態系被害防止外来種リスト(リンク)」掲載種ということになります。ここに掲載されている種については、例えば行政や市民団体による放流や植栽を避けるべきものとして扱う必要があります。また、生態系被害防止外来種リスト掲載種のうち、とりわけ高い侵略性を有すると判断されるものや、もし定着したら高い侵略性を発揮すると予想されるものについては、外来生物法に基づく特定外来生物に指定されています

www.env.go.jp特定外来生物に指定されると、無許可での飼育・栽培、売買、放流・植栽、生きたままでの運搬はすべて違法となり、違反すると罰金・禁固刑もありうる厳しいものとなっています。先に挙げたアライグマはこの特定外来生物に指定されていますし、有名どころとしてはオオクチバスブラックバス)やブルーギルもそうです。

ということで以上、論文紹介とあわせて外来種のことについてまとめたメモでした。

 

~余談~

ところで福岡県侵略的外来種リスト2018では対象とした外来の動物は「221種」としており、本論文では同「224種」としているのですが、この消えている3種は何かというと、コイ、アマゴ、ヤマメです。この3種類については私の調査により県内で外来種として定着している事例を確認しており、侵略性も確認されていますが、水産部局との協議により削除が求められたので、侵略的外来種リストでは評価対象外としています。これはP.7において「福岡県において水産業での利用が盛んである種は対象外とした」と明記してある通りです。一方で、本論文は学術論文であることから、これら3種も含めてすべて扱っているということになります。

ここからは一研究者としての個人的な見解ですが、水産行政のこうした態度(=水産有用種だから外来種問題の渦中に置かないようにしたい)は、社会的課題としての生物多様性保全の足を引っ張り公共の利益を損なうものであると思いますし、自然資源に多くを頼っている水産業の持続可能性も損なう可能性があると思います。水産行政の外来種に対する態度、生物多様性保全に対する考え方は、今後大きく転換されていくべきと私は考えています。そういう意味で、農水省も作成にかかわった生態系被害防止外来種リストで、最高レベルの水産有用種であるニジマスを「産業管理外来種(=産業上重要だが高い侵略性があるので適切な管理が必要な外来種)」として位置づけて掲載しているのは大きく前向きな出来事と思います。地方自治体の水産行政の方針も、国にならって、変化をしていくべきであるというのが私の意見です。