オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

湿地帯ビオトープと蚊について

SNSを見ているとビオトープをつくると「蚊が湧く」のではないかという疑念が大いにあるようです。確かに水たまりと言えば蚊。蚊と言えばこれまでに幾多の感染症を媒介して人類をもっとも(間接的に)殺している恐ろしい湿地帯生物であることは言うまでもありません。その疑念は当然です。そこで今回は湿地帯ビオトープと蚊について解説します。

「蚊が湧く」、ここでいう「湧く」とは「大発生する」という意味ですが、結論から言うとエコトーンを伴う開けた明るい湿地帯をつくれれば蚊の「大発生」はまずありえません。今回取材した皆様の見解は「湿地帯ビオトープでは蚊は湧かない」が共通するものでした。うちでもそうです。

そもそも「身近なところで湧いて困る蚊」とは何でしょうか。蚊には多くの種類があり、いわゆるカ科Culicidaeについては日本国内で100種ほどが知られています。このうち身近な湿地帯で発生して血を吸って困る蚊というのは、ヒトスジシマカアカイエカです。そしてこれらの蚊の幼虫はボウフラ、つまり水生、すなわち湿地帯生物なわけですが、その好みの環境はかなり特殊なのです。

具体的には国立感染症研究所のこのポスター(リンク)にある図がわかりやすいでしょう。

アカイエカはより富栄養な条件を選ぶことが知られていますが、いずれにしても基本的には他の湿地帯生物がいない、ごく小さな水たまりのようなエコトーンがない湿地帯を好みます。「自宅で湿地帯ビオトープ!」が目指す湿地帯とは本質的に異なることがわかるかと思います。

 

例えば上の写真は、蚊が湧く湿地帯ビオトープの一例です。すごい湧いてました。ヤバかったです。こういうのにしてはいけません。身近な吸血性の蚊を増やさないために我々がまずすべきことは、国立感染症研究所が言うように、家の周囲にある植木鉢、発泡スチロール、バケツ、シート、手水鉢、雨水溜め、竹の切り株、植木の根本の水溜まり、墓の花立て、ポールの穴、古タイヤなどの小さな湿地帯をなくすことです。これが何よりも重要です。

ヒトスジシマカアカイエカといった身近な蚊の幼虫・ボウフラはきわめて捕食者に弱く、他の湿地帯生物が少ない、エコトーンがない、ごく小さな水たまりのような湿地帯でのみ育つのです。「自宅で湿地帯ビオトープ!」P118のコラムでボウフラハンター・ハイイロゲンゴロウを紹介していますが、だいたいのトンボの幼虫、ヤゴもボウフラ類にとっては大天敵です。エコトーンがあるとこうした捕食者にとって良い住処になりますので、ボウフラが大発生することはないのです。ついでに言えばトンボの成虫は蚊の成虫の天敵でもあります。

つまり、身近な蚊が湧かない湿地帯をつくるには、そうした蚊が湧く湿地帯がどういうものかを知っておき、そういう蚊が好むような湿地帯にしないようにすれば良い、ということです。同時に、蚊の天敵が好むような湿地帯にすればよいのです。

むしろ身近な蚊が湧いた時になぜ?原因は?と考え適切に対策できるようになることがこの趣味の本質です。身近な蚊が湧く湿地帯の条件というのは限定的なので、見方を変えれば、自在にそうした蚊を湧かすこともできるし、湧かさないこともできるということです。ちょっと楽しいかもとか思いませんか。このように湿地帯を自在に操る「湿地帯の魔導師」が増えれば、湿地帯の破壊の何が問題なのか、どうしたら共存できるのか、どうしたら湿地帯の恵みを得続けつつ湿地帯から受ける害悪を避けることができるのか、などが社会的に共有でき湿地帯の保全と再生が進むのではないでしょうか(妄想)。

さて、とはいえそれでもボウフラ発生のリスクを限りなくゼロに近づけたいという要望はあるかと思います。解決策の一つは捕食者の投入です。生物を持ち込んで良い場合と悪い場合は「自宅で湿地帯ビオトープ!」P38~で詳しく解説してあるのでよく読んでいただくとして、メダカ類などの魚類系捕食者は確かに有効です。しかし、逃げ出しやすい構造で、周囲にメダカもいなくて、買ってきていれることができない!という場合もあるかもしれません。そしてヤゴが発生するまで待てない!という場合もあるかもしれません。その場合は近所からヤゴをとってきて入れるのは、問題が少ないだろうと思います。止水性のトンボ類は移動能力が高いので、水系レベルではほぼ遺伝的な問題は生じないでしょう。学区内の小学校のプール掃除の時などに、シオカラトンボなどのヤゴを入手することも可能でしょう。ヤゴは実はかなり身近な湿地帯に暮らしています。そうしたところに網をいれてみると、意外に簡単に入手することができます。

それでもやはりコントロールに失敗してボウフラが湧いてしまうことはあるかもしれません。その際はあわてず騒がず水を抜いてリセットします。しょせんは小さな水生昆虫に過ぎません。水がなければ死にます。重要なのは常時観察、常時管理をすることです。つくって放置はいけません。蚊を知らなくては、蚊が媒介する感染症に打ち勝つことはできません。ということで、湿地帯ビオトープづくりを通して、ぜひとも身近な蚊に対する正しい知識も得てみて下さい。

 

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なお、吸血性の蚊の中には自然度の高い湿地帯でのみ発生するようなものもいますし、日本脳炎を媒介するコガタアカイエカは水田で発生することが知られています。今のところ自宅レベルの湿地帯ビオトープでこうした蚊が大発生するという例は聞いたことがありませんが、注意深く観察しておくことでたいていの問題は避けられるでしょう。