オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

Okada, R., Morita, K., Toyama, T., Yashima, Y., Onozato, H., Takata, K., Kitagawa, T. (2023) Reconstruction of the native distribution range of a Japanese cryptic dojo loach species (Misgurnus sp. Type I sensu Okada et al. 2017): has the Type I loach dispersed beyond the Blakiston’s Line?. Ichthyological Research: DOI:1007/s10228-023-00934-0

link.springer.com

ドジョウTypeI種の分子系統地理に関する論文です。この”種”はこれまでドジョウ属クレードAとかキタドジョウとか呼ばれているものと同じで、学名未決定種です。本論文では北海道と本州の広域から採集されたキタドジョウについて、mtDNAのcytb領域に基づいた系統解析を行い、おおむね8つの集団から構成されることを示しました。また、ハプロタイプの分布から北海道は外来集団の可能性が高いことを考察しています。

この領域からみた8集団は大まかには3集団に区別され、1集団は東北地方北部から、1集団は本州太平洋側から、1集団は本州日本海側から、それぞれ検出されています。このうち本州太平洋側の集団はおおむね地理的にわかれる3集団に、本州日本海側の集団もおおむね地理的にわかれる4集団に、それぞれ区別できることがわかりました。そして北海道からは固有の遺伝的集団は見いだせず、また、本州日本海側の2つの集団が混在して出てきています(さらにデータベース上のサハリンの集団も同様)。このことから、北海道とサハリンの”キタドジョウ”は在来ではなく、人為移入に基づくのではないかと結論づけています。その他、分岐年代推定に基づく本州各集団の形成様式も地史や他の純淡水魚類の分子系統地理とも整合的であることが考察されています。

(※追記:論文中の塩基配列アクセッションナンバーに誤りがあったようです。正しくはcyt b: LC710953-LC711009、D-loop: LC712834-LC712839とのこと)

非常に図もわかりやすく、論旨も明確で、とても面白かったです。日本列島の生物相の成立様式に対する解像度がまた一つ上がりました。今後は核DNAなども交えたより詳細な集団解析が進められるという噂を聞いていますので、さらなる研究の進展が楽しみです。

ところで淡水魚愛好家として気になるのがやはり、このタイプI種の分類のことでしょう。ドジョウ属クレードAははじめにMorishima et al. (2008)により報告された集団で、その後に中島・内山(2017)により北海道濤沸湖産の1標本に基づいて和名「キタドジョウ」が提案され、学名未決定のまま現在に至っています。また、サハリン産に基づいて2022年にはMisgurnus chipisaniensisという種が新種記載されており、上記の論文ではサハリン産は本州日本海側集団に含まれています。このことから考えると、キタドジョウ=Misgurnus chipisaniensis=ドジョウ属Type I種ということが、現時点ではもっとも妥当な考え方ですが、そもそもドジョウ属TypeI種はかなり色々な遺伝的集団を含む、ということが今回明確にされたわけですので、これら各集団を形態的に区別して分類学的に定義できるのか、というところが今後の個人的な最関心事です。また、キタドジョウもM. chipisaniensisも外来集団に基づいて定義されたということが、今回の論文でほぼ確定と言えるでしょう。

ということで、キタドジョウの顔です。

今回の論文に照らしあわせると、”Northern Honshu(北部本州)”集団の純系と思われる個体(青森県産)。

 

こちらは”Japan Sea side(日本海側)”集団の純系と思われる個体(新潟県産)。

 

こちらは”Pacific Ocean side(太平洋側)”集団の純系と思われる個体(東京都産)。

 

確かに違うと言えば違うのですが、果たして・・・。しかし日本列島の純淡水魚類相は本当に一筋縄ではいかない、ということがここ20年ほどの研究で次々に明らかになっています。ドジョウはどこも同じではありません。各地のドジョウを大事にしていきましょう。