オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

日記

最近佐渡島のトキのニュースがテレビ・新聞などをにぎわせていますね。野生動物が一般的な話題になるのは良いことだと思います。増えているのが中国産ということで若干疑問という人の声も良く聞きますが(特に生物好きな人)、個人的にはトキプロジェクトそのものが生物多様性保全と再生に寄与する効果は、かなり高いものであると考えています。
ポスドク時代にちょっと調査を手伝った経験から言えば、トキ放鳥前の佐渡島の湿地環境はギリギリの状況に見えました。すなわち外来種は多く、水路はコンクリで固められ、ろくなため池や湿地がないという状況でありました。トキ放鳥前の調査で出向いて、予想以上に環境がよくないことに驚いたのを覚えています。
それでもそのギリギリの環境の中に希少な水生昆虫類、両生類はかろうじて生き残っていました。その後、トキをシンボルにした自然再生を行っていった結果、水路や河川の状況は少しずつよくなっていますし、再生湿地も増加しています。そしてそれらの環境には希少な湿地帯生物が少しずつ戻ってきています。この展開はトキ抜きではできなかったはずです。
トキはもともと佐渡島にいました。そして絶滅しました。遺伝的な差異がどの程度あるかはともかく、種として同じというのが確かであれば、中国産を再導入してもそれらが在来生態系に悪さをする可能性は科学的に見てかなり低いでしょう。それにあんなに大きいし、悲しいほど繁殖力が弱いので、万が一悪さをしたらまたすべて捕まえればいいわけです。
それよりも、湿地生態系の頂点付近に位置していたであろうトキが自然繁殖できる環境を取り戻すということは、トキが餌としていたであろう多くの水生生物の生息環境を取り戻すことに他なりません。一般的な感覚からすれば、カエルやゲンゴロウ保全に巨額な公的予算をつけることは許され難いでしょう。トキくらいでないと。プロジェクトを進めている中の人が実際にどういう考えで進展しているのかなどわかりませんが、少なくとも結果としてトキプロジェクトは佐渡島の湿地生態系における生物多様性保全・再生に大きく寄与していることは間違いないです。
佐渡島には某ツチガエルとか某ゲンゴロウとか超貴重な湿地帯生物が生息しており、それらの生息環境は確実に良くなっています。でも全国版のニュースにはほとんど出ません。その辺の水田にいるのと一見して変わらない見た目のカエルや、若干ゴキブリ似の大きなゲンゴロウが増加している、というニュースを喜ぶ人が、日本国内にかなり少ないことが理由だと予想しています。それよりかは見目麗しい(若干キモイ気もするけど・・)トキの方がはるかに多くの人々の心を掴むのです。そして見目麗しい鳥を復活させる、と言う方が一般の支持は得られるでしょう。
そもそも生物多様性保全にお金を使うこと事体に反対する人も結構いるというのが現実です。多少絶滅しても仕方ないんじゃない、という声は我が職場回りですらしばしば耳にします。在来の多様な生物種を保全していく利点は今さらここでおさらいしませんが、とりあえず利点はあるのだから、時代がついて来るまでは、科学的に間違っておらず、失敗してもあとでやり直しがきくという条件下で、機会があれば積極的に生物多様性保全に貢献するプロジェクトを進めていくべきだと個人的には思っています。
またトキに関しては単なる生物多様性保全・再生のみならず、日本を象徴する鳥が再び空を舞うというロマン、とかトキを通して特産品を作っていく、とかそういう文化的・産業的側面も重要です。逆に言えばそういうオプション的なメリットを持ってこれない生物を主役にしても、なかなか予算は下りてこないでしょうし、劇的な効果を生む企画はスタートしないでしょう。ということで、「ただ一種の希少種」を主役にして行っている事業としては、十分に生物多様性保全・再生に効果を上げている優良事業である、と現時点では評価しているところです。