Sakai, H., Yamazaki, Y., Nazarkin, M.V., Sideleva, V.G., Chmilevsky, D.A., Iguchi, K., Goto, A. (2011) Morphological and mtDNA sequence studies searching for the roots of silver crusian carp Carassius gibelio (Cyprinidae) from ponds of Sergievka Park, Saint Petersburg, Russia. Proceedings of the Zoological Institute of the Russian Academy of Sciences, 315: 352-364.
ちと間が空きましたがその5の続きで、次の論文紹介。日本とロシアのグループが発表したこちらの論文もフナを理解する上で重要です。主題はサンクトペテルブルグから得られたフナ属を他のヨーロッパ系フナ属と形態的・遺伝的に比較した、というものです。あわせて広くユーラシアのフナ属の分子系統も作成してその集団構造を論じ、分類学的にもいくつか重要な意見を提出しています。先行研究であるこちら(カザフスタンから未知のフナ属を得たというもの)も読んでおくとより理解が深まります↓
Sakai, H., Iguchi, K., Yamazaki, Y., Sideleva, V.G., Goto, A. (2009) Morphological and mtDNA sequence studies on three crucian carps (Carassius: Cyprinidae) including a new stock from the Ob River system, Kazakhstan. Journal of Fish Biology, 74: 1756–1773.
遺伝子の方の主な解析はミトコンドリアDNAの調節領域(CR)で、既報のデータを混ぜ合わせつつユーラシアのフナ属を広くカバーしています。結果としてC. cuvieri(ゲンゴロウブナ)とC. carassius(ヨーロッパブナ)以外のフナをすべてC. gibelioとして、その中に日本、中国・アムール、カザフスタンの3群が存在するという結果を得ています。日本に含まれるフナ属のデータは主にYamamoto et al. (2010)から引用しているので、結果は同じで3亜群内にキンブナ、ギンブナ、オオキンブナ、ナガブナ、ニゴロブナがゴチャゴチャとなった形です。また中国・アムールクレードの方ではさらに中国産とアムール産がそれぞれサブクラスターを形成しており、これはTakada et al. (2010)と同じ結果です。
さて、著者らのこの論文中でのフナ属の分類学的扱いはこれまでにないもので、フナ属を全3種と解釈して、それぞれをC. cuvieri、C. carassius、C. gibelioとしています。そしてC. gibelioの中に各亜種があるという形で、アムール川やチェコのものを名義タイプ亜種C. gibelio gibelio、カザフスタンのものをC. gibelio subsp.M、中国のものをC. gibelio subsp.A、日本産のものは(遺伝的な差異は気にせず)、すべてC. gibelioの亜種として亜種名は形態に基づいた従来の日本での学名表記を踏襲しています(ギンブナC. gibelio langsdorfii、ニゴロブナC. gibelio grandoculis、オオキンブナC. gibelio buergeri、ナガブナC. gibelio subsp.1、キンブナC. gibelio subsp.2)。また、C. auratusはキンギョに限定して使っています。
さて、ここで気になるのが学名C. auratusの扱い。C. auratusの模式標本はキンギョで、キンギョはTakada et al. (2010)と同様に遺伝的に中国・長江産と同じ群に含まれていますから、普通に考えれば中国産野生種フナの学名はC. auratusです。そして、C. auratusの記載年はC. gibelioより古いことから、著者らの考えに従えば(フナは3種)この論文中で種・C. gibelioとしたものはすべて種・C. auratusになるはず。ところが著者らはこの中国産野生種をC. gibelio subsp.Aとして扱っています。ここ、不思議な扱いに見えます。このことについて実は本文中で説明がありまして、ICZNのopinion2027というのを根拠にしています。このopinionは野生種と家畜種の学名について書かれているわけですが「提示した17種については家畜種と野生種の2つの学名があるけれども、たとえ後で記載されたものであってもこの17種については野生種の方の学名を保護する」というように読めます。したがって著者らはC. gibelioとC. auratusが同種という前提で、このopinionに従いキンギョの原種であると著者らが考えている中国産野生フナ属をC. gibelioの未記載亜種として扱っているようです。ということでナーフー(その2)で少し触れましたが、実はこのopinionを適用すると「キンギョの原種がC. gibelioであった場合には」、C. auratusの学名は(記載が古いにも関わらず)野生種には適用できず消滅するということになります(!)。この論文の時点では(本文でも指摘されているように)、C. gibelioの定義が不明瞭であるためにこれは一つの説として受け入れることが可能です。さらに著者らは、そもそもC. gibelioはヨーロッパに元々いた種ではなく、アムール川水系からの移入である可能性があるとも言っています。
ということで混乱は頂点に達しつつありますが、このあたりのことも頭に入れておいて、次は別方向からフナの実態に迫った論文に移りたいと思います(その7へ)。