オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

ナーフー(その8)

谷口順彦(1982)西日本のフナ属魚類-オオキンブナをめぐって-.淡水魚,8:59-68.
ナーフー(その7)の続きです。日本のフナを理解する上で避けては通れない重要かつ濃密な研究が谷口順彦博士による一連の研究なわけですが、上記はその総説と言える一報です。この報文の基データとなっているのは以下の2つの論文となります。
Taniguchi, N., Ishikawa, T. (1972) Inter- and intraspecific variations of muscle proteins in the Japanese crucian carp- I. Cellulose-acetate electrophoretic pattern. Japanese Journal of Ichthyology, 19: 217-222.
Taniguchi, N., Sakata, K. (1977) Interspecific and intraspecific variations of muscle protein in the Japanese crucian carp-II Starch-gel electrophoretic pattern. Japanese Journal of Ichthyology, 24: 1-11.
著者は主に筋漿蛋白の電気泳動像分析法を用いて本州、四国、九州の多数のフナ属を調査した結果に基づいて、そのパターンから日本産フナ属がI型、II型、III型の3型に区別できること、そしてII型はさらに4型に区別できることを示しています。これら3型はI型がキンブナ、オオキンブナ、ナガブナ、ニゴロブナ、II型がギンブナ、III型がゲンゴロウブナにそれぞれ該当し、また、II型の4型のうちII-1型が東日本のギンブナ、II-2型が西日本のギンブナ、II-3型と4型が霞ヶ浦のギンブナ・キンブナ中間型に、それぞれ特異的に現れるパターンであるとしています。
この報文ではこの後のフナ属の認識に影響を与える多くのことが書かれています。もっとも重要なことは、西日本には遺伝学的に明瞭に区別できるオオキンブナとギンブナの2種が確実に存在し、これらは間違いなく別種であると断言していることです。そして、その形態は極めて似ていて(これまで知られている)形態形質では値が重複し同定が難しいことを指摘しています。にもかかわらず著者はこの2種は同産地・同サイズであれば比較的容易に区別が可能であるとして、日本各地の6産地のギンブナとオオキンブナの画像を掲載しています(!)。その他にも、調べた限りすべてのギンブナは3倍体であること、霞ヶ浦には遺伝的・形態的に区別できる2型のギンブナ(典型的なギンブナとギンブナ・キンブナ中間型)がいること、諏訪湖のナガブナはニゴロブナに似ていること、などなどいずれも重用な指摘を行っています。
そして、以上の結果をもって著者は日本産フナ属の学名を以下のように整理しています。
オオキンブナCarassius buergeri buergeri
キンブナCarassius buergeri subsp.A
ナガブナCarassius buergeri subsp.B
ニゴロブナCarassius buergeri subsp.C
ギンブナCarassius langsdorfii
ゲンゴロウブナCarassius cuvieri
これ、各地のフナの実物を見てきた人にとっては感覚的にうなづける分類体系なのではないかと思います。そしてミトコンドリアDNAの部分塩基配列では区別ができない、とされていたこれら各フナは蛋白質電気泳動ではその一部が確実に区別できるということになってしまうようです。ふーむ。。ということで日本産フナ属の分類を考える、という当連載記事もあとわずかとなってしまいました。次は最終回、ではなくちょっと別の論文を紹介します(その9へ)。