湿地帯中毒

湿地帯中毒患者(末期)の日記です。

書評

「クモを利用する策士、クモヒメバチ 身近で起こる本当のエイリアンとプレデターの闘い」高須賀圭三(著)
クモを利用する策士、クモヒメバチ: 身近で起こる本当のエイリアンとプレデターの闘い (フィールドの生物学)

各界から評判の東海大学出版部、フィールドの生物学第17巻です。拙著「湿地帯中毒」と同時発売ということで、何やら縁を感じます。著者の高須賀さんには2回お会いしたことがありますが、色々な面でイケていて好きな研究者です。
本書の主役はマダラコブクモヒメバチとそれに寄生されるオオヒメグモ、それから後半ではニールセンクモヒメバチとそれに寄生されるギンメッキゴミグモです。そんなわけで寄生する方とされる方の生活史研究が並行して展開し、その中での壮絶な関わり合いが明らかになっていきますが、そもそも寄生系生物はどれもこれも一筋縄ではいかない魅力的な生活史を持っているわけでして、単なる記載にとどまるはずもなく、行動や種分化の観点を織り交ぜた高度な生態学に発展していきます。これらは基本的に私には馴染みのない生き物なので、読んでいて知らないことばかりでとても勉強になりました。詳細はまあぜひ実際に読んでもらうとして、個人的に特に印象に残ったのは第7章「薬漬けでクモを労働ゾンビに」でした。宿主の行動を支配して寄生者に有利な網を張らせる、という寄生系生物では最高に興味深いあっち系の生態。それが身近にいる生き物で行われているというところが衝撃的でした。
このシリーズは自伝的エッセイでもあり、当然のことながら「幾多の失敗を努力で乗り越えて研究が完成していく様」がとてもスカッとして面白いわけですが、この著者の前半のもやもやぶり、そして博士課程進学の前のあれこれなどはかなりの大ピンチでして、他人事ながらドキドキして読んでしまいました。そういう意味でそのスカッと度も大変高く、その点も良かったです。また折々に著者の研究に対するとても真摯な一面が出ていて、英語力向上の仕方とか海外でのコミュニケーションのとり方とか、あるいは専門的な部分の解説とか、非常に勉強になりました。どの章もしっかり書かれていて、コラム含めて教科書のようで素晴らしいです。その分クモやヒメバチの知識がないと少し読みにくい部分もあるかもしれませんが、そんなところは読み飛ばしてもまったく構いません。そのくらい各章がそれぞれ非常にまとまっていると感じました。何度も読み返して、あるいは知識がついた後に再読して、その都度勉強になるという本でもあります。
ところで、同時出版である拙著湿地帯中毒とは、「身近な生物の生活史の記載研究」、「一生懸命やってるのに出だしで失敗しまくっている」など多くの共通点がある一方で、高須賀さんが「一度は生き物から卒業して再び戻ってきた人」に対して私が「生き物オタクをし続けてきた人」であるという点がまったく対照的で、あわせて読むとより「フィールドの生物学」の奥深さが浮かび上がるのではないかと、思いました。研究活動が面白いのは、ある一つの同じ目標を見据えてはいながらも、多様な背景をもった人が多様な視点で多様な研究を行っている、というところにあるのだと個人的には思っています。生物学に関して言えば、生き物オタクばかりが研究するのもつまらないし、非生き物オタクばかりが研究するのもつまらないのです。その都度その生き物への愛があればきちんとした研究ができる、ということを本書は証明しています。いまその生き物に興味があるのであれば過去は一切関係ありません。多くの人にそういう勇気を与えてくれる本だと思いました。野外系生物学やりたいなーとなんとなく思っている若い人にはぜひ読んで欲しいです。
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