オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

Kitanishi, S., Hayakawa, A., Takamura, K., Nakajima, J., Kawaguchi, Y., Onikura, N., Mukai, T.(2016)Phylogeography of Opsariichthys platypus in Japan based on mitochondrial DNA sequences. Ichthyological Research: in press. (リンク)
ミトコンドリアDNA塩基配列にもとづく日本産オイカワの分子系統地理論文です。私も共同研究者として主に九州地域のサンプル収集に貢献しています。ちょうどポスドク時代に九州を何周かして分布データを集めていた頃につかまえたオイカワ標本が使われています。したがって当時のことが思い出されて懐かしいですし、こうして世に出たことがうれしいです。
この結果では、オイカワは国内に大まかに3集団あり、それぞれ西日本集団(WJ)、東日本集団(EJ)、九州集団(KY)と定義づけることができました。西日本集団はおそらく琵琶湖から瀬戸内海流域と九州の一部(北東部日本海側)を自然分布域に、東日本集団はさらに2つのサブクレード西EJと東EJが確認され前者は東海地方を、後者は静岡県東部〜関東地方を自然分布域に、そして九州集団は九州全域に広く分布する、というような形で整理できると思います。また、この3集団のうち九州集団がもっとも遺伝的に離れていることもわかりました。
今回の調査では東北地方、北陸地方、山陰地方、四国西部、九州南部には固有の集団が見いだされず、少なくとも今普通に見られるものは移入集団の可能性が高いことが示唆されます。ただ本当にそうなのかはもう少し詳しく調べていく必要があるでしょう。カマツカやシマドジョウ属などを見る限りでは、九州南部のオイカワも大河川のものは在来の可能性はあると思います。あと徳之島のものは西日本集団(当然移入)のようです。
個人的に興味深いのは九州固有の集団がおり、それが本州の集団とは違っていたことと、九州北東部日本海側と山口県日本海側に共通の遺伝的集団(大まかには西日本集団)がいたことです。これはカマツカとも似たような形であり(遺伝的分化の程度は異なりますが)、似たような地史的な出来事を背景としたもののように思います。九州の河川生物相の成立様式の解明にまた一歩近づいたと言えるでしょう。
ただし、その一方で、人為的な移出入が激しいことが確認され、もともとの遺伝的な地域集団はかなり破壊されているということも明らかとなっています。水産資源としての放流が盛んに行われている種であるため、想像していたことではありますが、すでに取り返しのつかない段階にあるようで、非常に残念です。遺伝子資源として考えれば、各集団にはそれぞれ特有の価値があったはずなので、そのほとんどが失われてしまっているわけです。本結果を踏まえて放流履歴のない河川などを精査し、各地域での純粋な集団を探し出すことも、今後の課題でしょう。またこれ以上の遺伝的撹乱が起こらないよう、何らかの対策が必要であると思われます。

そういうことはさておいておいかわ丸として初めてきちんとしたオイカワの研究に携わることができたのもうれしいです。もちろんオイカワもカマツカとともに好きな愛すべき普通種なのです。
今回の研究を主導的に進められた向井さんのブログにちゃんとした詳細な解説がありますので、あわせてお読みください→リンク