オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

Watanabe, K., Tabata, R., Nakajima, J., Kobayakawa, M., Matsuda, M., Takaku, K., Hosoya, K., Ohara, K., Takagi, M., Jang-Liaw, N.H. (2020) Large-scale hybridization of Japanese populations of Hinamoroko, Aphyocypris chinensis, with A. kikuchii introduced from Taiwan.Ichthyological Research: online first  LINK

台湾産A. kikuchiiの移入に伴う日本産ヒナモロコA. chinensisの大規模な遺伝的攪乱、という論文です。ご存知のようにヒナモロコは東アジアに広く分布する淡水魚で、国内では九州北西部の限られた地域にのみ自然分布します。博多湾流入河川(室見川那珂川御笠川、多々良川)では1981年頃までに絶滅、有明海流入河川のうち嘉瀬川矢部川でも1980年代には絶滅してしまったため、唯一残った筑後川水系の系統を各水族館・施設で分担して系統保存するとともに、生息地周辺では採集したヒナモロコを保全団体が飼育・増殖した後に放流するという方法での域外保全・域内保全の対策がとられてきました。今回、国内で確認されているすべての飼育系統、野外系統について詳細に遺伝子解析を行った結果、そのすべてにおいて台湾産の同属の別種A. kikuchiiの遺伝子が混ざっているということがわかりました。すなわち、現時点において、ヒナモロコの日本在来系統はすでに絶滅している可能性が高いということになります。

もっとも最後まで野外で確認されていた日本在来系統は福岡県某市のもので、ここでは2000年代中盤までいたのは確実ですが、その後の環境の悪化により絶滅してしまいました。また飼育系統では琵琶湖博物館でかつて飼育されていた個体の標本が残されており、これが日本在来系統であったことが確認されましたが、この系統は現在では絶えて(A. kikuchiiと混ざって)しまっています。一方、1990年代に東京で流通していた「ヒナモロコ」を現在でも独自に増殖・維持している方から提供いただいた個体について解析したところ、いずれもヒナモロコではなく純粋なA. kikuchiiであることがわかりました。水族館・保全団体では遺伝的多様性を下げないために相互に飼育個体を交換していたことから、どこかの過程で、この流通していたA. kikuchiiが混入し、すべての飼育系統へ交雑が広まってしまったということが予想されます(ちなみにA. kikuchiiも台湾では絶滅危惧種です)。

ヒナモロコは非常に小規模な環境でも生きられることから、未発見の個体群が九州のどこかに残っている可能性もゼロではありません。まずはそうした調査をあきらめず進めていく必要があります。それから現在の飼育個体群はすべて交雑個体群であることから、野外への放流はいちどすべて中止することが望ましいと思われます。環境教育として行われている放流も、ここで立ち止まって別の方向で進めていく必要があるでしょう。それから現在の飼育個体群にも日本産ヒナモロコの遺伝子が含まれていることから、遺伝子資源の保全という観点からは、この飼育個体群にも価値があり、引き続き維持する必要があります。

今回の結果から、日本産ヒナモロコ集団は大陸の集団とは200万年ほど隔離され、独自の進化を遂げていたらしいこともわかりました。この論文では触れていませんが、大陸産のヒナモロコと日本産のヒナモロコは形態でも区別できます。それが未来永劫失われてしまったとすれば大変残念です。今回の件でもっとも心にとどめるべき教訓は、放流による保全は非常にリスクが高い手段であるということ、希少種の保全は場の再生を中心にすべきで放流は最終手段であること、を保全を行う上で各位がよく理解し共有するということにあると個人的には考えます。遺伝的攪乱は一度起こってしまったら取り返しがつきません。遺伝的な部分を確認していない状況での放流は、環境破壊に等しいということを色々な立場の方が共有していく必要があるのではないかと思います。

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写真は1971年4月に佐賀県で採集されたヒナモロコで、おそらく日本在来系統です。撮影者の野中繁孝氏に掲載許可をいただきました。ありがとうございました。

 

筆頭著者である京都大学・渡辺勝敏先生の解説もあわせてお読みください↓

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