オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

新属新種の記載論文を発表しました!

Watanabe, K., Nakajima, J., Hayashi, M. (2023) Nagisavelia hikarui, a new genus and species of Mesoveliinae (Hemiptera: Heteroptera: Mesoveliidae) inhabiting shingle beaches in Japan. Zootaxa, 5353:468-478. (LINK

その名もナギサミズカメムシNagisavelia hikarui Watanabe, Nakajima & Hayashi, 2023です!自身初めてのカメムシ目の新種記載。しかも新属です。衝撃!!興奮!!!

ナギサミズカメムシNagisavelia hikarui Watanabe, Nakajima & Hayashi, 2023

カッコいい!オレンジ!!タイプ産地は福岡県の海岸です。同時に島根県香川県からも記録しています。本種は海の波打ち際、まさに渚の砂利中に生息しています。和名の「ナギサ」はここからとりました。新属名Nagisa-も同様です(なおミズカメムシ科は~veliaという属名にする慣習があるのでそれをくっつけました)。また、種小名hikaruiは、本種を発見して届けてくれた長野光さんに献名したものです。その形態的特徴はと言いますと、もう見るからに何もかも違うのですが、まずは気になるのがそのオレンジ色の体、そして非常に小さく赤い眼、長い顔など、国内に似た種はまったくいません。ちょっと似た種が国外にいますが、少なくともこれまでの既知の属の定義のいずれにも当てはまらないため、今回新属として記載したという経緯になります。これほど顕著な種がこれまで見過ごされてきたことは驚きです。

石川県ふれあい昆虫館からわかりやすいプレスリリースが出ているのであわせてお読みください↓

www.furekon.jp

 

本種は福岡県の生息地では明らかに潮間帯でのみ見られ、おそらく満潮時には海面下で過ごしているものと思われます。この点も衝撃です。こちらが生息地の写真で、干潮時にちょうど人がいるあたりで採れています。少し上側に満潮時の波打ち際のラインが見えます。

本種記載までの道のりを以下に記述しておきたいと思います。それは一年と少し前の2022年5月某日。湿地帯戦士として日本各地で探索を行っているQ大生の長野光さんから、福岡県内でウミミズカメムシが採れたと連絡がありました。実は県内では未記録&ずっと探していたものだったので、喜び勇んで案内いただくことになり現地へ。ウミミズカメムシと言えば淡水流入のある海岸の岩の間とかに生息します。しかし現地で長野氏は波打ち際を指さし、ここを掘るのです!と言ったのでした。何か変だなと思いながらも掘って探してしばらくすると、オレンジ色のミズカメムシが砂利の中からぽつぽつと出てくるのでした。私はかつて島根県でウミミズカメムシを採集したことがあり、その時の採集の仕方と明らかに異なりましたが、海岸にいるミズカメムシなのだからウミミズカメムシなのだろうと思い、納得して採集。持ち帰りました。

しかし!顕微鏡下で浮かび上がるその姿は、どうにも私が知るウミミズカメムシと異なります。2020年に私は「ネイチャーガイド日本の水生昆虫」という図鑑をまとめました。その際にウミミズカメムシの写真をじっくり見ていたこともあり、というかそのMY図鑑の写真と見比べても明らかに別物です。まったく信じられないことですが、動揺しつつも当日に長野氏に送ったメールが以下となります。

 

そこから各有識者に見解を伺い、どう考えてもウミミズカメムシではないという結論に達しました。日本未記録種か未記載種かのいずれかです。私はこれまでに4種のヒメドロムシを新種記載したことがありますが、カメムシ目は形態的にだいぶ異なり、私の実力では独力ですぐに解決できそうにありません。そこでアメンボ類の分類形質について知識がある石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平さんとホシザキグリーン財団の林成多さんに相談し、共同で研究を進めることにしました。そして紆余曲折経てどう考えても未記載種であるという結論に達し、紆余曲折経て今回、新属新種という衝撃の記載論文の発表となったのでした。発見から一年ちょっとという超速で記載に至ることができたのは、第一著者の渡部さんのおかげであります。本当にありがとうございました!

さて、これほど顕著な種がどうして見過ごされてきたのか、非常に気になるところと思います。その理由の一つは、国内にはウミミズカメムシという沿岸性のミズカメムシ科の一種が古くから知られており、この種と混同されてきたことが挙げられます。

こちらがそのウミミズカメムシSpeovelia maritima  Esaki, 1929です。全然見た目は違うのですが、それでも昆虫類の多様性に乏しい海域において2種ものミズカメムシ科がいるということは常識的に考えてかなり可能性が低く、また同所的にいるところはほとんどないと考えられるため(ただし今回パラタイプ産地とした島根県の産地では同所的にいます)、実見して比較する機会も少なくすべて「ウミミズカメムシ」として結論づけられてきたものと思われます。実際に検索すると、実はウミミズカメムシとしてナギサミズカメムシの画像がいくつか出てきます。

今回私は幸運なことに、ウミミズカメムシ(本物)を採集したことがあったこと、図鑑を作成した際に一度形態的特徴を復習していたこと、などにより気づくことができたのではないかと思います。実に、幸運なことでした。

これほど顕著な新種発見はもう今後はないかなあと思います。そんなスゴイ水生昆虫を福岡県から発見・記載することができて感無量であります。今後は日本各地で本種の分布調査が進展することを期待するとともに、生態についてもかなり変わっていそうなので、これは自分でも調べてみたいと思っています。

 

おまけ

ナギサミズカメムシと同所的にみられた生物です。

ナガミミズハゼの一種。

ジムカデの一種?

ヒモムシの一種?(→ヤジロベヒモムシではないかとのことです)

 

分類群は全然異なるのにどれもオレンジ色で、これは何か適応的な意義があったりするのでしょうか?身近な湿地帯に暮らす湿地帯生物にもまだまだ多くの謎が残されています!大切にしていきたいものです。