オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

ナーフー(その11・最終回)

その10の続きです。今回で最終回となります。今回のこの一人お勉強タイムの目的は、現在までの科学的知見で日本産フナ属の分類はどのように理解・整理できるのかを考える、というところにあります。ということでこれまで読んできた論文を振り返り、個人的な結論を出していきたいと思います。

まず、どんな手を使っても明確に認識できるものは2種あります。それはヨーロッパフナC. carassiusとゲンゴロウブナC. cuvieriです。これはもう議論の余地なしと言えます。そこで次にこれ以外のフナ類について考えてみます。

世界のフナ類を対象として網羅的にミトコンドリアDNAを用いて遺伝的な特徴を調査した研究を3つ読んでみましたが(Takada et al., 2010; Sakai et al., 2011; Kalous et al., 2012)、このいずれにも共通した結果と言えるのは、上記の2種を除いたフナ類は「大陸系」と「日本系」の2つに大きく分かれるというところです。

ではまず「大陸系」の方について考えてみたいと思います。この「大陸系」についてすべての研究で共通している点があり、それは「アムール〜ヨーロッパ系」と「朝鮮〜中国系+キンギョ」の2系統が存在するということです。そしてKalous et al. (2012)とSakai et al. (2011)では共にもう一つの系統を報告しており、前者はモンゴルから、後者はカザフスタンから標本を得ています。これらはおそらく「中央アジア系」としてくくれる同じものを言っているものと考えられます(注;筆者の個人的見解です)。また、Takada et al. (2010)ではそれとは別の「琉球系」と「台湾系」とラベリングできる集団を報告しています。

したがってこれらをまとめて考えますと、「大陸系」にはさらに大きく5系統があり、それぞれ「アムール〜ヨーロッパ系」、「朝鮮〜中国系」、「中央アジア系」、「琉球系」、「台湾系」と整理できるものと考えられます。

それではさらにこれら5系統にどのように学名をあてていくべきでしょうか?この点については実はもうあまり悩むところがありません。Kalous et al. (2012)ではこれまで模式標本が存在せずあいまいなままであったC. gibelioについてネオタイプを指定して再記載をしています。したがって分類学的には「アムール〜ヨーロッパ系」がC. gibelioになります。さらに著者らはC. gibelioはC. auratusと別種としていることから、前に少し出てきたopinion2027はこの瞬間に考慮しなくてよいことになります。このためC. auratus、すなわちキンギョが含まれる「朝鮮〜中国系」の在来フナの学名がC. auratusになることが明らかでしょう。そして「中央アジア系」と「琉球系」と「台湾系」は未記載種の可能性が高い、ということになります。ちなみに環境省の第4次レッドリストで新たに掲載されたフナ属の一種(沖縄諸島産)はこのうちの「琉球系」と同一のものでしょう。

それでは次に「日本系」はどう理解すれば良いでしょうか。日本系に注目してミトコンドリアDNAを用いて遺伝的な特徴を調査した研究は2つ読んでみましたが(Takada et al., 2010;Yamamoto et al., 2010)、このいずれにも共通した結果と言えるのはゲンゴロウブナを除いた本州〜九州のフナ類には3系統あるということです。ただし、日本での伝統的な形態分類とその遺伝的特徴は一致しないという結果もまた得られていました(Yamamoto et al., 2010)。

しかしながら、蛋白質電気泳動法を用いてその遺伝的な特徴を調べた研究(谷口,1982)では、ゲンゴロウブナを除く日本本土のフナ類はギンブナ系とキンブナ系(オオキンブナ、ナガブナ、ニゴロブナ、キンブナ)の2つに明確に区別ができ、形態とも一致するという結果が出ています。また、鈴木ほか(2005)でも遺伝的にも形態的にもギンブナとニゴロブナは明瞭に区別できることが示されています。こうなるとやはりギンブナ系とキンブナ系は別種として存在するように思われます。

そこで改めてYamamoto et al. (2010)のデータを見ると、区別された3群のうちD-3クレードとされるものはオオキンブナ、ニゴロブナ、ナガブナ、ギンブナが含まれるクレードになっており、一方のD-1クレードはキンブナとギンブナ、D-2クレードはギンブナとオオキンブナから構成されています。また、Iguchi et al. (2003)では霞ヶ浦には少なくとも2つの分類群が存在し、それはキンブナとギンブナであるとしています。すなわち、目を細ーくして見ると、このミトコンで区別できる3群はオオキンブナ(+ニゴロブナ+ナガブナ)、ギンブナ、キンブナと理解できるような気がします。日本の伝統的な形態分類が必ずしもミトコンドリアDNAの結果とぴったり一致しない理由については、超個人的見解ですが、人為的な放流等で交雑した個体がノイズとして入ってきてしまって、解釈が難しくなっているのではないでしょうか。したがって、これらの遺伝的データを都合よく取捨選択して形態的差異も踏まえて超ザックリと考えると、「日本系」のフナ属は3種、すなわちオオキンブナ(+ナガブナ+ニゴロブナ)、ギンブナ、キンブナの3種として分類学的に整理できると考えられます。

ということで勝手にそう解釈させてもらって、以下学名のことを考えてみます。まず、分子系統や共存様式からこれらの日本系フナをC. auratusやC. gibelioの亜種として扱うことには無理があります。日本系には独立種として学名をあてていくのが妥当でしょう。そうするとこれまでの日本の分類体系と原記載に沿って考えれば、ギンブナ=C. langsdorfii、オオキンブナ=C. buergeriとなります。そしてキンブナは未記載の独立種と考えられます。ニゴロブナについてはミトコンでも蛋白質でもギンブナとは明瞭に区別できますが、オオキンブナとは明瞭に区別できません。すなわちニゴロブナはオオキンブナの湖沼型と定義できるのではないでしょうか?するとニゴロブナはオオキンブナの亜種という形がしっくりきます。したがって、ニゴロブナ=C. buergeri grandoculisということになるでしょうか。ナガブナについてはそもそも実態が様々であると個人的にはとらえていますが、遺伝的なデータを背景にして、形態的な観点からオオキンブナの一亜種という形がよさそうです。
ということで独断と偏見で日本産フナ属を整理すると、以下のようになります。

ゲンゴロウブナCarassius cuvieri Temminck & Schlegel, 1846 ※琵琶湖淀川水系
ギンブナCarassius langsdorfii Temminck & Schlegel, 1846 ※本州、四国、九州
オオキンブナCarassius buergeri Temminck & Schlegel, 1846 ※本州中部以西、四国、九州
ニゴロブナCarassius buergeri grandoculis Temminck & Schlegel, 1846 ※琵琶湖
ナガブナCarassius buergeri subsp. ※本州日本海側?
キンブナCarassius sp. ※本州東部太平洋側
フナ属の一種(沖縄諸島産)Carassius sp. ※琉球列島(沖縄島周辺?)
フナ属の一種(北海道産)Carassius sp. ※北海道(一部?)

そして世界のフナ属は
ヨーロッパフナCarassius carassius (Linnaeus, 1758) ※ヨーロッパ西部
ギベリオブナCarassius gibelio (Bloch, 1782) ※アムール川水系〜ヨーロッパ東部?
フナ(キンギョ)Carassius auratus (Linnaeus, 1758) ※朝鮮半島〜中国?
フナ属の一種(中央アジア系)Carassius sp. ※カザフスタン〜モンゴル?
フナ属の一種(台湾系)Carassius sp. ※台湾(石垣島は移入?)

おお!すっきり!!もちろん日本産種に学名をあてていくには、特にシーボルトコレクションのフナ模式標本が日本の和名で定義されているものと矛盾がないか、確認する必要があるでしょう。いずれにしろ、これらの遺伝的・形態的に区別されるフナたちに、定義を与え命名していく部分は、まさに未来の分類学者の重要な仕事になってくるものと思われます。

以上で私の中でもだいぶ現状の理解が進んだので、ナーフー記事を終えたいと思います。これを読まれているみなさんは当然ご承知と思いますが、以上のブログ記事は何ら学術的意義を持つものではありません。一魚愛好家が飲み会で酔っぱらってしゃべってる妄想、あるいは授業中の落書き程度のものですので、これを引用するとか(ないとは思いますが・・)、あるいはこの学名体系を論文に採用するとかはくれぐれもなさらぬようお願いいたします。今後のフナ属の分類学的研究が発展することを、一フナファンとして期待する次第です。