オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

カマツカ元年

Tominaga, K., Kawase, S. (2019) Two new species of Pseudogobio pike gudgeon (Cypriniformes: Cyprinidae: Gobioninae) from Japan, and redescription of P. esocinus (Temminck and Schlegel 1846). Ichthyological Research, 66: 488–508. (LINK)

全国100万人のカマツカファンが歓喜する瞬間がついに訪れました。すでに国内に遺伝的に異なる3集団が存在することが報告され(ブログ記事はこちら)、その存在が示唆されていた「カマツカではない2つのカマツカ」ですが、それらがついに新種記載されましたァァァァァァ!!!その名もナガレカマツカPseudogobio agathonectris Tominaga & Kawase, 2019とスナゴカマツカPseudogobio polystictus Tominaga & Kawase, 2019です。

(※2019年7月4日追記 スナゴカマツカの種小名は本記載論文ではpolystictaとなっていますが、カマツカ属は男性名詞のため種小名の語尾は-usが正しいです。)

記載者は高校生時代から「そのカマツカ」の存在に気付いていたカマツカの天才・富永浩史先生と、ヨドゼゼラやウシモツゴの記載で知られる新進気鋭の分類学者・川瀬成吾博士です。強力タッグチームです。完璧です。本論文は従来遺伝的に区別されていたカマツカ・クレードAを「カマツカ」として再定義し、クレードBを「ナガレカマツカ」として、クレードCを「スナゴカマツカ」として、それぞれ新種記載しています。カマツカについてはオランダ・ライデンの自然史博物館に今も保管されているシーボルトコレクション中のタイプ標本の再記載も行っています。完璧です。ということで今回、富永先生から3種の写真を提供いただいたので、日本産カマツカ3種を改めて堪能したいと思います。

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カマツカPseudogobio esocinus (Temminck and Schlegel, 1846)

分布:本州(静岡県富山県以西)、四国、九州

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ナガレカマツカPseudogobio agathonectris Tominaga & Kawase, 2019

分布:本州(静岡県天竜川水系山口県錦川水系)

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スナゴカマツカPseudogobio polystictus Tominaga & Kawase, 2019

分布:本州東部(太平洋側が岩手県北上川水系静岡県富士川水系日本海側が青森県岩木川水系新潟県関川水系

はい、カッコイイ。カッコイイですね。

さて気になる区別点ですが、カマツカとナガレカマツカ・スナゴカマツカの区別はまずは口髭です。口髭を後方に倒した時に口髭の先端が眼の前端に届かないかわずかに届く程度がカマツカ、眼の前端をはるかにこえるほど長いのがナガレカマツカ・スナゴカマツカです。また、胸鰭は前縁の棘状軟条が第6分枝軟条より長く緩やかな弧を描くのがカマツカ、棘状軟条が第6分枝軟条より短く急な弧を描くのがナガレカマツカ・スナゴカマツカとなっています。ナガレカマツカとスナゴカマツカは一見よく似ていますが、ナガレカマツカの胴体の暗色斑紋は明瞭で大きく、体側の小斑点も比較的大きいのに対して、スナゴカマツカの胴体の暗色斑紋はやや不明瞭で小さく、体側の小斑点も小さく散在することで区別ができます。またこれら2種は分布域が異なります。

ナガレカマツカの生息河川にはすべてカマツカも自然分布することがわかっていますが、その場合上流よりにナガレカマツカが、下流よりにカマツカが分布するようです。ただし、両種が同所的にみられることもありこの2種がどのように共存しているのかは今後の研究課題でしょう。一方でスナゴカマツカの分布域にはカマツカは自然分布しませんが、人為的に(主に琵琶湖産アユの放流に混ざり?)スナゴカマツカの自然分布域に外来種としてカマツカが定着しています。これらの地域では交雑も起こっている可能性が高く、スナゴカマツカの生息状況の詳細は緊急に明らかにし、場合によっては保全対象種として系統保存なども視野にいれて、きちんと取り扱っていく必要があると思われます。

遺伝的な研究から、ナガレカマツカとスナゴカマツカは古い系統のカマツカで、カマツカはそれらとは異なり大陸のカマツカの方に近縁な新しい系統のカマツカと考えられます。すなわち古い時代に分布を広げたカマツカ原種の中から、ナガレカマツカは西日本の上流域に、スナゴカマツカは東日本に、それぞれ遺存固有的に生き残った形であると思われます。一見よく似た3種ですが、その履歴はそれぞれ異なり、それぞれ貴重な日本列島の地史の生き証人であるわけです。カマツカはこれまでただ1種とされてきたわけですが、それは大きな間違いであることがわかったということで、日本列島の生物多様性の奥深さをまた見せつけられたということになります。まだまだわかっていないことはたくさんあります。もっと研究が必要です。

ところで先に述べたように、第1著者の富永さんは高校生時代に実はこの「ナガレカマツカ」の存在に気付いていたという天才・カマツカニストです。私は小学生時代からカマツカが死ぬほど好きで、カマツカの研究で学位をとったくらいで、カマツカには絶対の自信と愛をもっていたわけですが、初めて出会った時に「カマツカにもう一種いますよね?」と聞かれたことは今でも覚えています。私はその存在にまったく気づいていませんでした。その瞬間、カマツカに対する絶対の自信が打ち砕かれました。私はうぬぼれていました。しかし、それ以上に、カマツカを好きな人が自分だけじゃなかったんだという感動が忘れられません。この世界に自分と同じかそれ以上にカマツカが好きな人がいたのです。その後は意気投合し、九州一周カマツカ採集ツアーをしたり、ナガレカマツカの楽園に連れて行ってもらったりと、会えばカマツカばかりです。つい昨年の魚類学会年会においても、(その辺の飲み屋で)カマツカサミットを開催したくらいです。また、富永さんは現在高校教諭をしています。ものすごく多忙な中、着実にデータを積み重ね、基盤となる論文を出し、高校時代に「発見した」謎のカマツカをついに新種記載するところまでもってきたのです。その努力は本当に素晴らしく、そういう背景も知ってるので、また違った感動に包まれています。いやー、ほんと良かったな、と思います。本当におめでとうございます。

この研究をきっかけに、再度各地でカマツカの調査が進み、カマツカの実態解明がさらに進展することを期待しています。そしてカマツカファンの増加も期待しています。

こちらのプレスリリース(リンク)の解説も、大変わかりやすいのであわせてご覧ください。発見者の富永先生のコメントもあります。

ついでにカマツカ教団・中島と富永によるカマツカを主役にした論文一覧をこちらにメモしておきます。カマツカ研究にお役だて下さい。

  • 中島 淳(2015)湿地帯中毒 身近な魚の自然史研究.東海大学出版部.(第2章でカマツカの自然史と題してその生活史を総説的に解説しています)
  • Nakajima, J., Onikura, N. (2016) Life history of Pike Gudgeon, Pseudogobio esocinus (Cypriniformes, Cyprinidae): differences between the upper and lower reaches in a single river. Ichthyological Research, 63: 46-52.
  • Nakajima, J., Onikura, N. (2016) Spawning behaviour and male mating success of Pike Gudgeon, Pseudogobio esocinus (Cypriniformes, Cyprinidae), in an experimental tank. Ichthyological Research, 63: 39-45.
  • 中島 淳(2015)カマツカの産卵・初期生態に関する一知見.水産増殖,63:65-70.
  • Nakajima, J., Onikura, N.(2015)Larval and juvenile development of Pike Gudgeon, Pseudogobio esocinus (Cyprinidae: Gobioninae).Ichthyological Research, 62: 268-273.
  • Nakajima J., Onikura N., Oikawa S. (2008) Habitat of the pike gudgeon Pseudogobio esocinus esocinus in the Nakagawa River, northern Kyushu, Japan. Fisheries Science, 74: 842-845.
  • 中島 淳・鬼倉徳雄・及川 信・松井誠一(2006)カマツカ卵の孵化に及ぼす水温の影響.水産増殖,54:515-519.
  • 中島 淳(2006)カマツカ仔魚の走光性.ホシザキグリーン財団研究報告,9:244.
  • Tominaga, K., Kawase, S. (2019) Two new species of Pseudogobio pike gudgeon (Cypriniformes: Cyprinidae: Gobioninae) from Japan, and redescription of P. esocinus (Temminck and Schlegel 1846). Ichthyological Research: online first
  • Tominaga, K., Nakajima, J., Watanabe, K. (2016) Cryptic divergence and phylogeography of the pike gudgeon Pseudogobio esocinus (Teleostei: Cyprinidae): a comprehensive case of freshwater phylogeography in Japan. Ichthyological Research, 63: 79-93.
  • Tominaga, K., Watanabe, K., Kakioka, R., Mori, S., Jeon, S.R. (2009) Two highly divergent mitochondrial DNA lineages within Pseudogobio esocinus populations in central Honshu, Japan. Ichthyological Research, 56:195–199.

ちなみに九州のカマツカは本物のカマツカ、すなわちPseudogobio esocinusですので、中島/Nakajimaのカマツカ論文の学名に変更はありません。これも九州からカマツカを持ち帰ってくれたシーボルト様のおかげです。九州のカマツカはたぶん未来永劫Pseudogobio esocinusです。よろしくお願いします。