オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

日記

福岡県産のトゲナベブタムシの愛らしい顔です。

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でもこの口に刺されると痛いです。けっこう痛い。本種は一時は県内から絶滅かもという状況でしたが、ひょっとすると最近少し増えているかもしれません。昨年も新たな多産地を発見しました。湿地帯生物の明るい話題です。

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上からの図。鍋の蓋のように平たいので鍋蓋虫。その仲間で体側のトゲが目立つので、棘鍋蓋虫。体長1センチほどの、水生のカメムシです。水中の酸素を直接取り込む「プラストロン呼吸」の使い手なので、鰓はありませんが空気交換のため水面に浮上する必要はなく、ずっと水中で暮らすことが可能です。

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下から見た顔。この口吻を小さな水生昆虫(カゲロウやトビケラの幼虫など)に突き刺して、消化酵素を注入し肉を溶かして吸います。獰猛な水中のハンターでもあります。

ところで本種の学名はAphelocheirus nawai Nawa,1905、と記載者名と種小名が同じという珍しいパターンです。通常新種記載をする時に自分の名前はつけません。どういう時に名前がつくかというと、研究者が、発見者や先駆者などに敬意を表してつける場合が普通です。ではNawaさんは自らの名をつける普通でない人だったのでしょうか?実はそうではありません。このNawaは私設の昆虫研究所や昆虫館の設立など、昆虫学の普及啓発に多大な貢献をした戦前の昆虫学者・名和靖(1857~1926)その人です。トゲナベブタムシはもともとこの名和氏が発見・採集して、当時の日本最高の昆虫学者である松村松年(1872~1960)に渡し、松村が名和に献名して新種記載する予定のものだったそうです。それを記載論文の出版前に名和本人が、昆虫世界という雑誌上で『近々「nawae」という名前で命名される』と紹介してしまいました。分類学命名規約に沿って厳密に運用されるものです。つまりこの紹介文そのものが新種記載論文という扱いになってしまい、その記事を書いたNawa氏がnawaeを新種記載するという形になってしまったというのが真相です。この話は伊丹市昆虫館の長島聖大さんにご教示いただきました。どうもありがとうございます。ちなみにnawaの語尾ですが、名和本人はnawaeとして紹介したようですが、語尾は男性であればi、女性であればeになるという決まりがあるので、正式な表記に沿って「nawai」になったものと思われます。

ということで色々な裏話があるトゲナベブタムシですが、かつての生息地の多くで絶滅してしまい、残された産地は多くありません。九州北部は比較的本種の記録が多い地域ですので、なんとかこのまま生き残ってくれればと思います。