オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

中島 淳・大井和之・渡部晃平・林 成多(2025)日本産ミズカメムシ科(カメムシ目)のDNAバーコーディングと分子系統.水生動物,2025:AA2025-45.

www.jstage.jst.go.jp

論文が出ました。日本産ミズカメムシ科全7種(キタミズカメムシ、ミズカメムシ、ヘリグロミズカメムシ、ムモンミズカメムシ、マダラミズカメムシ、ウミミズカメムシ、ナギサミズカメムシ)について、ミトコンドリアDNAのCOI領域を用いて種判別を行いました。塩基配列を使った種判別をDNAバーコーディングと言います。形態が異なる7種は本領域で確実に区別されることがわかりました。さらにマダラミズカメムシとナギサミズカメムシでは遺伝的に大きく異なる系統も発見されました。つまりこの2種については隠蔽種が含まれる可能性があります。

研究を始める前に思っていたことも含めて、以下解説。

キタミズカメムシは名前の通り、ロシア(サハリン)がタイプ産地でかつては東日本にしかいないとされていたものの、近年になって九州や奄美大島でも発見され、これはほんとにキタミズカメムシなのか?という噂がありました。またミズカメムシとよく似ており、本当に別種なのかという意見もちらほら。今回の分析ではキタミズカメムシとミズカメムシは(形態だけでなく)COI領域でも区別できることが明らかになりました。また九州から座間味島与那国島のキタミズカメムシは同種と判断できる結果となりました。ただし今回は東日本のキタミズカメムシを分析できませんでした。ロシアのは入手・分析は難しそうですが、北海道産を誰かぜひ分析してみて欲しいです。

ヘリグロミズカメムシは東日本に分布し、ヨーロッパまで広く分布するとされています。こんな広域で同種ってことあるの?と思っていたのですが、今回分析した埼玉県産はデータベース上のルーマニア産(タイプ産地近郊)とわずか1.8%しか違いがありませんでした。広域分布種であり、同種であると確認できたと言えます。

マダラミズカメムシは薄暗いため池尻にいたり、渓流にいたり、明るい湿地にいたりと色々な情報が入ってきており、ほんとに1種なの?というのは業界でも長らく話題になっていました。今回分析した結果、恐るべきことに4集団に区別されました。南大東島与那国島のは近い種もおらず、ひょっとすると未記載種かもしれません。気になります。それからもう一つ、マダラミズカメムシは一度福岡県をタイプ産地としてM. japonicaとして記載されています。拙著「ネイチャーガイド日本の水生昆虫」ではこちらの学名を採用しました。しかし本種は世界的にはM. horvathiとされています(タイプ産地はスマトラ)。今回の分析ではスマトラ産個体の遺伝子情報は得られなかったものの、福岡県産を含む日本産は東南アジアやオーストラリアの個体とは異なることが判明しました。形態的差異があるかどうか、再検討する必要があると思われます。japonica復活もありうるかもしれません。

ナギサミズカメムシは私も共著として2023年に新種記載した種です。新属として記載したのでその遺伝的位置づけは気になるところでしたが、しっかり別クレードとなり、形態とあわせて別属の根拠は本領域でも裏付けられたと言えるでしょう。しかし驚くべきことに太平洋側の集団と大きな違いが認められました(ナギサミズカメムシのタイプ産地は日本海側の福岡県や島根県)。別タクソンとして区別すべきものかどうか、今後の形態学的研究が必要です。

ということで今回の研究では各地の標本を提供していただいた湿地帯戦士の皆様に大変お世話になりました。ありがとうございました。”ミズカメムシの闇”を切り裂く一撃となる論文として、今後の日本のミズカメムシ学発展に寄与すればうれしいです。引き続き標本は集めていきたいと思います。

さてそんなミズカメムシたちです。ムモンミズカメムシ、ミズカメムシ、ナギサミズカメムシ、ウミミズカメムシです。こうしてみると色彩も形も多様です。

3ミリくらいの小さなミズカメムシが、見た目通りそれぞれ遺伝子は違って、それぞれ数百万年とかそれ以上の歴史を抱えていて、当たり前ではあるけど感動的なんですよね。全部同じじゃないんです!

 

論文で使った系統樹を改変して載せておきます。