オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

日記

有明海の生物相が壊れつつあることに関連した個人的メモと個人的演説。

アユ。有明海にそそぐ最大の河川である筑後川の河口堰である筑後大堰を管理する(独)水資源機構では、筑後大堰魚道におけるアユとモクズガニの遡上数調査をずっと続けていて、結果を公開してくれています→リンク

上のリンクから稚アユ遡上数の経年変化のグラフです。1998年(平成10年)頃にいったん減って、その後2006年(平成18年)からきわめて低調となっています。ところで筑後川のアユといえば、大分県日田市の大アユが有名ですが、福岡県と大分県の県境には魚道のない夜明ダムが鎮座しているので、実は有明海からの天然遡上個体群は存在しません。

 

こちらはモクズガニの遡上数の経年変化。アユと似たような形で、2004年(平成16年)からきわめて低調となっています。

 

次いでアサリ。今年に有明海産(熊本県産)アサリの産地偽装問題が話題となりましたが、そもそもアサリがいないという問題はもっと前から指摘されていたものです。例えばこの論文、関口・石井(2003)では、アサリが1990年以降低調に、アゲマキが1993年以降ほぼゼロになっていることを報告しています。

www.jstage.jst.go.jp

近年の有明海におけるアサリの漁獲量グラフは有明海八代海等総合調査評価委員会の第9回有明海八代海等総合調査評価委員会水産資源再生方策検討作業小委員会 議事次第・資料(リンク)の中の、中間取りまとめ第2章案の中にわかりやすいものがありました↓

これを見ると、1984年から顕著に減少し始めて、1990年代以降は低調に、さらに2009年以降はきわめて低調になっていることがわかります。

 

それから佐賀県資源管理指針(PDF)には、有明海地区におけるガザミやクルマエビのデータがありました。

クルマエビの漁獲量です。2000年(平成12年)から顕著に減少して、2006年以降はかなり低調であることがわかります。ここで興味深いのは、放流してもまったく好転していないことです(折れ線グラフが放流数)。

 

同じ資料からガザミの漁獲量です。こちらはクルマエビよりはゆるやかですが、2000年(平成12年)から顕著に低調であることが見てとれます。

 

これも同じ資料からアゲマキの漁獲量です。アゲマキはずっと禁漁していますが、禁漁しても増えません。これはウミタケも同様です。

 

有明海湾奥部の生物相に大きな悪影響を与えうる大規模な人為的環境改変としては、筑後大堰の完成が1985年(昭和60年)、諫早湾干拓の水門締め切りが1997年(平成9年)となります。遡上稚アユは1998年から減少が始まり2006年以降さらに減少し継続。遡上モクズガニは2004年に減少し継続。アゲマキは1993年以降激減しほぼゼロ。アサリは1984年から減少が始まり1990年以降さらに減少し2009年以降はまたさらに減少し継続。クルマエビは2000年から減少が始まり2006年さらに減少し継続。ガザミは2000年から減少し継続。というような感じです。

これらの結果をみると、1990年頃と2000年頃に減少のし始めをもつ種が多く、この大きな2つの環境改変は有明海の生物の激減に大きく寄与していると考えられますが、それとは別に2006年頃からさらに減少している種もいることが気になるところです。2001年頃から有明海沿岸の河川や水路で調査してきた個人的な感覚からは、やはり河川改修や水路改修の積み重ねがじわじわと効いてきているのではないかという思いもぬぐえません。溢れるほど湧くように湿地帯生物がいたにぎやかな河川や水路が、改修されて静まり返ってしまった様子を、この20年間いくつも見てきました。普通に考えてとても無関係とは思えないのです。

以前にこちらで紹介した研究(リンク)やこの研究(リンク)のように、森林・河川・水路の生物多様性は、干潟や海域の生物多様性と密接に関連していることが明らかになりつつあります。有明海の「中」だけをどうこうしても、また放流しても禁漁してもあまり意味がありません。流域生態系という視点から、山・川・水路・干潟の再生、それぞれの連続性の再生、エコトーンの再生を行い、その生物多様性を再生しなくては、有明海の再生はありえません。例えば有明海沿岸の水路地帯にはセボシタビラという絶滅危惧種のタナゴの仲間がいますが、もはや絶滅寸前という状況にありながらも、その生息地の改変は止みません。セボシタビラの保全はある希少種の保全というだけではなく、それはアユやアサリを保全・再生することにつながっています。有明海の再生を本気で目指すのであれば、流域生態系の生物多様性再生のための公共事業を、少しずつでも本気で進めていくべきであると考えます。

川にアユがいなくて、干潟にアサリがいない、というのは本当に大変な事態だと思います。どちらも本来、超普通種です。誰もそれを大変な事態だと思わないのでしょうか。自動的に湧くようにアユやアサリが生息する河川や干潟は、まだ取り戻すことは十分に可能と思います。ものすごく人類の役に立つ生物、が利用している生物、が利用している生物、が利用している生物、とどんどんつきつめていくと、ちょっと何の役に立つかわからない生物がたくさん出てきます。生物多様性保全とは、ようするにそういうことなのです。