オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

正誤表と新リスト

1月23日に文一総合出版から出版された「ネイチャーガイド日本の水生昆虫(リンク)」ですが、おかげさまで好評です。お買い上げいただいた皆様にお礼申し上げます。

しかしながら・・慎重に作成を進めたつもりですがやはり誤りも出てきており、本日正式に正誤表を公表しました。こちらです↓

www.bun-ichi.co.jp

この中で特に検索部294ページのページのミスは、これはよろしくありません。著者5人+編集氏の目を潜り抜けてしまったということでご容赦いただければと思います。294ページの下三つ、

「マメゲンゴロウ亜科 P303へ

「ヒメゲンゴロウ亜科 P304へ

ゲンゴロウ亜科・ゲンゴロウモドキ亜科 P305へ

が正しいです。早速付箋を挟んで、メモしておいてください。

それから分布情報についてはこの先も常に更新されていきます。また新記録種・新種もどんどん出てくるでしょう。学名の変更もありうる話です。したがってそのあたりをカバーすべく、このたび「日本産真正水生昆虫リスト」を作成して公開しました↓

kuromushiya.com

かつて存在した「くろむし屋 真の水生昆虫リスト」の発展版です。今回分布情報もあわせて追っていくことにしましたので、こちらで続々と新知見を紹介していければと思っています。日本の水生昆虫に関して調べるときには、図鑑とあわせてこちらのリストもご活用下さい。

ネイチャーガイド日本の水生昆虫、引き続きよろしくお願いします。

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2020年3月22日追記

上記正誤表以外で、P.316ゴマフガムシ属の上翅間室点刻の記述が3か所間違っていることがわかりました。ホソゴマフガムシがすべて2列、ナガトゲバゴマフガムシが第4が1列で他が2列、シナトゲバゴマフガムシがすべて2列でした。図鑑本編はあっています。大変申し訳ありません。

論文

Kondo, T., Hattori, A. (2019) A new species of the genus Lanceolaria (Bivalvia: Unionidae) from Japan. VENUS, 78: 27-31.

九州から新種キュウシュウササノハガイLanceolaria kihirai Kondo & Hattori, 2019が記載されました。いわゆる「九州のトンガリササノハガイ」です。模式産地は福岡県柳川市矢部川水系)、副模式産地として佐賀県唐津市松浦川)が挙げられています。あと従来のトンガリササノハガイL. grayii(模式産地は中国)は実は国内に分布しないという分子系統解析結果を反映し、国内産種(本州産・四国産)の学名はL. oxyrhynchaの適用が妥当ということで、これにあわせて和名もササノハガイに変更になっているようです。つまり本州・四国にササノハガイL. oxyrhynchaが、九州にキュウシュウササノハガイL. kihiraiが分布するというのが現在の知見です。

本論文によればキュウシュウササノハガイは遺伝的には本州や四国のササノハガイよりも、中国に分布するL. triformis(画像がありました)に近いという情報もあるようで、系統関係の推測はこの分類群難しそうですが、少なくとも九州の湿地帯生物相の大陸要素を反映した生物地理学的に重要な種であることは間違いなさそうです。分布は九州北部(福岡県、佐賀県大分県熊本県長崎県)となっていますが、ご存じのとおり九州の瀬戸内側は水生生物相がまったく異なり、本州・四国の要素を多分に含みます。したがって九州の「ササノハガイ」がすべてキュウシュウササノハガイかという点については、これはきちんと調べる必要があるでしょう。瀬戸内側には本物のササノハガイが分布する可能性もあると考えられます。この論文ではそのあたりは特に触れられていませんでした。

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タイプロカリティと同産地のキュウシュウササノハガイです。新たに判明した九州の宝物、絶滅しないように大事にしたいものです。個人的な見解ですが、やはりこの種も生息地がだんだんと減ってきているのは間違いありません。なんとかならないものでしょうか。

日記

先日にフナ納豆氏から「研究用に」ドジョウを送ってもらったのですが、2匹ほど余分に入っていたばかりかとてもおいしそうだったので、食べることにしました。おすすめの「ドジョウのかけ汁」をつくってみました。フナ納豆氏が詳しく作り方を解説してくれているこの記事を参考にします。

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生きたドジョウの雌2匹。とても立派でおいしそうです。

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レシピに従って、炒めます。すでにおいしそうです。

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完成!ごはんにかけて食べました。ドジョウは少なめだったのですが、十分に味が出ていました。これはおいしいです。何杯も食べられそうでしたが、何杯もありませんでした。いずれ近いうちにドジョウをとってきてもっとたくさんつくってみたいと思います。

ということでドジョウをお送りいただき、おすすめ調理法も教えてくれたフナ納豆さん、ありがとうございました!

論文

Watanabe, K., Tabata, R., Nakajima, J., Kobayakawa, M., Matsuda, M., Takaku, K., Hosoya, K., Ohara, K., Takagi, M., Jang-Liaw, N.H. (2020) Large-scale hybridization of Japanese populations of Hinamoroko, Aphyocypris chinensis, with A. kikuchii introduced from Taiwan.Ichthyological Research: online first  LINK

台湾産A. kikuchiiの移入に伴う日本産ヒナモロコA. chinensisの大規模な遺伝的攪乱、という論文です。ご存知のようにヒナモロコは東アジアに広く分布する淡水魚で、国内では九州北西部の限られた地域にのみ自然分布します。博多湾流入河川(室見川那珂川御笠川、多々良川)では1981年頃までに絶滅、有明海流入河川のうち嘉瀬川矢部川でも1980年代には絶滅してしまったため、唯一残った筑後川水系の系統を各水族館・施設で分担して系統保存するとともに、生息地周辺では採集したヒナモロコを保全団体が飼育・増殖した後に放流するという方法での域外保全・域内保全の対策がとられてきました。今回、国内で確認されているすべての飼育系統、野外系統について詳細に遺伝子解析を行った結果、そのすべてにおいて台湾産の同属の別種A. kikuchiiの遺伝子が混ざっているということがわかりました。すなわち、現時点において、ヒナモロコの日本在来系統はすでに絶滅している可能性が高いということになります。

もっとも最後まで野外で確認されていた日本在来系統は福岡県某市のもので、ここでは2000年代中盤までいたのは確実ですが、その後の環境の悪化により絶滅してしまいました。また飼育系統では琵琶湖博物館でかつて飼育されていた個体の標本が残されており、これが日本在来系統であったことが確認されましたが、この系統は現在では絶えて(A. kikuchiiと混ざって)しまっています。一方、1990年代に東京で流通していた「ヒナモロコ」を現在でも独自に増殖・維持している方から提供いただいた個体について解析したところ、いずれもヒナモロコではなく純粋なA. kikuchiiであることがわかりました。水族館・保全団体では遺伝的多様性を下げないために相互に飼育個体を交換していたことから、どこかの過程で、この流通していたA. kikuchiiが混入し、すべての飼育系統へ交雑が広まってしまったということが予想されます(ちなみにA. kikuchiiも台湾では絶滅危惧種です)。

ヒナモロコは非常に小規模な環境でも生きられることから、未発見の個体群が九州のどこかに残っている可能性もゼロではありません。まずはそうした調査をあきらめず進めていく必要があります。それから現在の飼育個体群はすべて交雑個体群であることから、野外への放流はいちどすべて中止することが望ましいと思われます。環境教育として行われている放流も、ここで立ち止まって別の方向で進めていく必要があるでしょう。それから現在の飼育個体群にも日本産ヒナモロコの遺伝子が含まれていることから、遺伝子資源の保全という観点からは、この飼育個体群にも価値があり、引き続き維持する必要があります。

今回の結果から、日本産ヒナモロコ集団は大陸の集団とは200万年ほど隔離され、独自の進化を遂げていたらしいこともわかりました。この論文では触れていませんが、大陸産のヒナモロコと日本産のヒナモロコは形態でも区別できます。それが未来永劫失われてしまったとすれば大変残念です。今回の件でもっとも心にとどめるべき教訓は、放流による保全は非常にリスクが高い手段であるということ、希少種の保全は場の再生を中心にすべきで放流は最終手段であること、を保全を行う上で各位がよく理解し共有するということにあると個人的には考えます。遺伝的攪乱は一度起こってしまったら取り返しがつきません。遺伝的な部分を確認していない状況での放流は、環境破壊に等しいということを色々な立場の方が共有していく必要があるのではないかと思います。

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写真は1971年4月に佐賀県で採集されたヒナモロコで、おそらく日本在来系統です。撮影者の野中繁孝氏に掲載許可をいただきました。ありがとうございました。

 

筆頭著者である京都大学・渡辺勝敏先生の解説もあわせてお読みください↓

sites.google.com

 

論文

Sakai, H., Watanabe, K., Goto, A. (2020) A revised generic taxonomy for Far East Asian minnow Rhynchocypris and dace Pseudaspius. Ichthyological Research: online first(LINK
東アジアのアブラハヤ属、ウグイ属の属名についての分類学的な論文です。これまで日本では長らくアブラハヤ属にPhoxinus、ウグイ属にTribolodonを使用してきましたが、近年の分子系統学的な研究や形態学的な研究の成果を反映して、東アジア産アブラハヤ属についてはRhynchocyprisを使用するのが妥当、またTribolodonPseudaspiusのシノニムとするのが妥当、との結論を出しています。従いまして今後はアブラハヤ属Rhynchocypris、ウグイ属Pseudaspiusとするのが妥当であるということになります。
属名が変わったことにより従来の種小名の語尾変化があるのではないかということで、論文著者でもある渡辺先生が以下の解説を行っているのであわせてお読みください→リンク
これにあわせてタカハヤとか学名こうですよーとか書こうと思って少し調べたんですけど、アブラハヤ属については少し調べたくらいではよくわからないくらい混沌としているので、後日また解説したいと思います・・・。あと個人的にはよくなじんでいたTribolodonが消えてしまうのはやむを得ないとはいえ一抹の寂しさがあります。

祝出版

中島 淳・林 成多・石田和男・北野 忠・吉富博之(2020)ネイチャーガイド日本の水生昆虫.文一総合出版リンク

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ついに出版となりました。感無量です。本図鑑が対象としているのは水生昆虫のうち、成虫も水生である「真水生種」、すなわちコウチュウ目とカメムシ目です。ようするにゲンゴロウ、ミズスマシ、ガムシ、タガメミズカマキリ、アメンボなどの仲間です。

本図鑑の作成方針にはまず3つの重要なポイントがあります。1つは網羅性。2019年11月末までに記録がある485種・亜種のうち、480種・亜種を図鑑パートで紹介し、残りの5種についても検索パートで言及しているので、完全網羅と言っても過言ではありません。もう1つは生体写真にこだわったところで、掲載種の9割を生体で紹介することができました。そのため一般的な水生昆虫のイメージを覆す美しさを堪能することができます。さらにもう1つは同定にこだわったところで、直感的に科の識別ができる絵解きプレートを各目の前に配置するとともに、巻末には種まで同定できる新しい絵解き検索を完備しました。もちろん解剖しないと難しい種類もありますが、直感的にある程度のグルーピングができる、詳しい人ならこれだけで種同定までできる、という資料になっていると思います。この同定をする上で、完全網羅と生体写真中心というのは、きっとお役にたつだろうと思います。

 さて、裏話。本図鑑作成のそもそもの経緯は、ヒメドロムシハンドブックをつくりたい!というものでした。ということで企画をもちこんだのですが、あえなく却下。しかし網羅性が高く同定に使えるハイアマチュア向けのものならいけるのでは、ということで企画が通ってしまいました。しかしそれは実は10年前・・ということで完成まで編集N氏には多大なご迷惑をおかけしました。ここまで粘り強く尽力していただいたこと、ただただ感謝です。本当にありがとうございました。

 はじめの3つの目標は私の中では当初よりあったものですが、完全網羅となると当然のことながら私一人では到底手におえる代物ではありません。そこで水生昆虫全般に詳しく生体写真も多く撮影されている林 成多さんにまずは共著者として入ってもらいました。それからやはり水生カメムシ、これは石田和男さんが各地を回ってカタビロアメンボ類を中心に多数の生体写真を撮影されていることを知っていたので、共著者に入ってもらいました。それから、ゲンゴロウ類やガムシ類について、各地での採集経験をお持ちで多く生体写真を撮影されている北野 忠さんに、共著者に入っていただきました。その上で、全体の専門的な部分のチェックや監修的な立場で、吉富博之さんに入っていただきました。それでも揃えられなかった種について、各地の凄腕の方々から生体写真や標本をお借りして、そろえることができました。特に美しい秘蔵の生体写真を多く提供いただいた渡部晃平さんには大変感謝しています。

 ということで見どころは色々とありますが、生体写真で揃えることができたコガシラミズムシ科、マルヒメドロムシ属、カタビロアメンボ科、ここはかなりすごいのではないかと思います。それからダルマガムシ属についてはさすがに生体で揃えることはできませんでしたが、全種をはじめて紹介することができました。ここも見どころです。生体写真が揃ったという点では、マルケシゲンゴロウ属、ツブゲンゴロウ属、マメゲンゴロウ属、シジミガムシ属、セスジガムシ科、アメンボ科などなど、あとコウチュウ幼虫については科までの検索もあります。あれもこれもそれもどれもすごいなと自分で思います。ここ見て欲しいという点はいくつもあります。とにかく、何はともあれ、めくるめくすばらしい水生昆虫の世界を堪能してください。

 それから・・かなり慎重に校正を行いましたがこれだけの種数を扱っているので、どうしても分布域など細かいミスも出てきています。そのあたりはきちんと出版社のほうで正誤表を出してもらい、こちらのブログでも紹介しますのでチェックしておいてください。また何か気づいた点がありましたら、ご報告いただけますと幸いです。この図鑑と正誤表をみることで現時点での情報がよりきちんと整理できる、そういう風に前向きにとらえたいと思います。図鑑は楽しむものでもありますが、一方では学術的な総説でもあります。この図鑑を契機に水生昆虫に興味を持つ人が増え、研究や保全に取り組む人が増えてくれることを期待しています。また、それに加えて、これまで水生昆虫にまったく縁のなかった方々が、この図鑑を手に取ることで水生昆虫に興味をもち、普通にいる身近な種のことを気にかけてくれるようになることも期待しています。

 

まるはなのみのみでの書評です。あわせてお読みください。「著者が全力で殴りかかってくるような、図鑑で殴られ気絶するような、そんな1冊」。。

maruhananomi.hatenablog.com