オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

棚田と生物多様性

2022年に棚田学会通信に小文を書いたのですがすでに公開されているので、こちらでも全文を掲載しておきます。元記事はこちらです → PDF

 

棚田と生物多様性

 現在、主要な環境問題の一つが生物多様性保全である。生物多様性とはその地域にもともと存在した生態系・種・遺伝子の多様性のことであり、生物多様性保全とはそれらを滅ぼさないよう後世につないでいくことである。日本には生物多様性基本法という法律があり、また持続可能な開発目標(SDGs)における17の目標の一つに生物多様性保全が挙げられるなど、我々の社会にとってその重要度は急速に増しつつある。さて、棚田は人工的な環境である。それでは、人工的な環境である棚田は、生物多様性保全に反するものなのだろうか?答えは否である。

 生物多様性保全上重要な「環境」には大きく2つあり、その1つはほとんど人の手が入っていない「原生的な自然環境」、そしてもう1つは人の手が常に入っている「二次的な自然環境」である。人の手が入っていることが生物多様性保全につながるというと、不思議な気がするかもしれない。

 日本の生態系においては、梅雨時期から台風時期にかけての降雨による増水、河川の氾濫等による「環境の攪乱」は重要な自然現象であり、実は、こうした攪乱環境を利用する生物が数多くいるのである。例えば、トノサマガエルやドジョウ、メダカ、ゲンゴロウタガメなどである。これらの生物の名を聞くと、ある環境を思い出さないだろうか?そう、それは水田である。水田は重要な「二次的な自然環境」の一つなのである。

 日本では自然の攪乱環境を利用して、水田を中心とした里地里山が作られてきた。したがって、特に河川の氾濫に伴う自然の攪乱環境というのはほとんど失われてしまったが、同時に、人工的な里地里山の水田地帯における定期的な草刈、木の伐採、水田への水の出し入れなどの管理が人為的な攪乱となり、自然の攪乱環境を利用する多くの生物の生息場となってきた。こうした環境を「二次的な自然環境」と呼び、生物多様性保全上、きわめて重要な環境として位置付けられている。

 しかしながら現在の日本では平地の氾濫原は水田からさらに都市へと改変され、また平野部の農地では近代的で大規模な圃場整備が進展した結果、こうした「二次的な自然環境」において長い時間人間と共存してきた多くの生物が棲みかを失いつつある。実際にトノサマガエルもメダカもゲンゴロウ絶滅危惧種となってしまい、地域によってはすでに絶滅してしまった。そうした状況の中、現在の棚田は、平地の攪乱環境を追われた多くの生物たちにとって、最後の砦として、生物多様性保全上きわめて重要な環境になっているのである。

 それほど重要な棚田であるが、担い手の減少によって水田として維持されている場所は確実に減少しつつある。生物多様性保全の観点からは、棚田を水田として維持すること、またそれが無理でも水を張ってビオトープ化して適切に管理するなど、二次的自然環境として生物の生息場としての価値を高めていくことが必要である。生物多様性保全は前述したように環境問題の一つである。これまでは、その悪影響を我々が直接的に感じることが少なかったので、その対策は後回しにされてきた。しかし、すべての生態系そして生物はつながっており、1種、2種と生物が絶滅していくにつれてその悪影響は確実に蓄積されてきた。今年になって、アサリの産地偽装問題のニュースが連日大きく報道されたのを覚えている方がいるかもしれない。この問題は、「そもそも干潟にアサリがいなくなってしまった」という現実が根幹にある。すなわち生物多様性の破壊により生じた環境問題である。

 近年のいくつかの研究で、山林の生物多様性の豊かさは、川や水田地帯を通して、沿岸域の生物多様性の豊かさとつながっていることが明らかにされつつある。つまり、棚田にカエルやゲンゴロウがたくさん生息することは、川のアユやウナギを増やし、干潟のアサリやハマグリを増やすことにつながっていくのである。

 棚田は生物多様性保全上重要な環境である。生物多様性豊かな棚田を未来へつないでいくことは、豊かな社会をつくっていくことにつながっている。

 

つなぐ棚田遺産「広内・上原地区の棚田(福岡県八女市)」

 

「広内・上原地区の棚田」で行われた生き物の観察会

 

棚田で暮らすヌマガエル

 

棚田で暮らすたくさんのアカハライモリ環境省レッドデータブック準絶滅危惧)