オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

論文

Tominaga, A., Matsui, M., Nishikawa, K. (2019) Two new species of lotic breeding salamanders (Amphibia, Caudata, Hynobiidae) from western Japan. Zootaxa, 4550: 525–544. (LINK)

今年出版された九州関連のサンショウウオ分類論文でもう一つ重要なものも紹介します。ブチサンショウウオです。

ブチサンショウウオ類の分類には若干の混乱があり、ずっと昔はただ1種ブチサンショウウオH. naeviusだけだったのですが、実はよく似た別種が含まれていることが後にわかり、しかもこの種はすでにH. naevius yatsuiとして1947年に記載されていたことまでわかり、コガタブチサンショウウオH. yatsuiとして区別されました(Tominaga & Matsui, 2008)。ところがベッコウサンショウウオに用いられていた学名H. stejnegeriの模式標本を精査したところ、なんとこれがコガタブチサンショウウオであることが判明。学名H. stejnegeriは学名H. yatsuiよりも記載が古いことからコガタブチサンショウウオの学名がH. stejnegeriに変更(同時にH. yatsuiは二度目の消滅)、そしてベッコウサンショウウオが未記載であったことから新種H. ikioiとして記載されるという衝撃の論文が出たことは記憶に新しいです(Matsui et al., 2017)。これでブチサンショウウオH. naevius、コガタブチサンショウウオH. stejnegerに決定しめでたく終了・・かと思いきやそうではなかったというのが今回の論文です(前置きが長くてすみません)。

ということでこの論文では「ブチサンショウウオH. naevius」の方を遺伝的・形態的に詳しく調べ、実は3種からなる種群であったことが判明し、このうち本州・中国地方に広く分布するものをチュウゴクブチサンショウウオH. sematonotos、九州北東部に分布するものをチクシブチサンショウウオH. oyamaiとしてそれぞれ新種記載しました。また、本物のブチサンショウウオH. naevius」の方は実は九州北西部の比較的狭い地域に分布する種であることが今回の研究から明らかになりました。ちなみにブチサンショウウオシーボルトコレクションに基づいており、すなわちシーボルト様のおかげで本物のブチサンショウウオは未来永劫九州産ということになります。かつて1種と考えられていたブチサンショウウオには実は4種が含まれていたのです。そしてこのうち3種(ブチ、チクシブチ、コガタブチ)が九州に分布することになります。

ということで現時点で九州地方のサンショウウオ属は以下の11種となりました。

カスミサンショウウオHynobius nebulosus (Temminck & Schlegel, 1838)

分布:福岡県、佐賀県長崎県熊本県、鹿児島県

●ツシマサンショウウオHynobius tsuensis Abe,1922

分布:長崎県対馬

●ヤマグチサンショウウオ Hynobius bakan Matsui, Okawa & Nishikawa, 2019

分布:大分県(及び山口県

オオイタサンショウウオHynobius dunni Tago, 1931

分布:大分県熊本県、宮崎県

●ブチサンショウウオHynobius naevius (Temminck & Schlegel, 1838)

分布:福岡県、佐賀県長崎県

●チクシブチサンショウウオHynobius oyamai Tominaga, Matsui & Nishikawa, 2019

分布:福岡県、大分県熊本県

●コガタブチサンショウウオHynobius stejnegeri Dunn, 1923

分布:福岡県、佐賀県大分県熊本県、宮崎県、鹿児島県(及び東海地方以西の本州、四国)

●ベッコウサンショウウオHynobius ikioi Matsui, Nishikawa & Tominaga, 2017

分布:熊本県、宮崎県、鹿児島県

●ソボサンショウウオHynobius shinichisatoi Nishikawa & Matsui, 2014

分布:大分県、宮崎県、熊本県

●アマクササンショウウオHynobius amakusaensis Nishikawa & Matsui, 2014

分布:熊本県天草諸島

●オオスミサンショウウオHynobius osumiensis Nishikawa & Matsui, 2014

分布:鹿児島県

私が九州大学生物研究部小動物班に加盟して両生類のお勉強をはじめた1998年頃は、九州の小形サンショウウオはカスミ、オオイタ、ツシマ、ブチ、ベッコウ、オオダイガハラの6種と言われていたので、ずいぶんと研究が進んだ感があります。

11種というと細かく分けすぎなのでは!という人もいるかもしれませんが、それぞれの論文を読めばわかるようにいずれも遺伝的にも形態的にも区別できることが示されており、分類学的に区別することについては妥当であると思います。すなわち細かく分けすぎということではなく、そもそも本来区別すべきものをようやくきちんと区別できるようになったというあたりが正しい認識でしょう。より正確にその多様性の実態が認識されて、各地の「宝」として扱われて、今後も人類と末永く共存していくことを願っています。なお、これらの九州産サンショウウオのうち、アマクササンショウウオ、ソボサンショウウオ、オオスミサンショウウオの3種は種の保存法に基づく国内希少野生動植物種に指定されており、無許可での採捕は厳しく禁止されています。またベッコウサンショウウオは分布する全県でそれぞれ県独自の法令により採捕が禁止されています。

 

参考文献

Matsui, M., Nishikawa, K., Tominaga, A. (2017) Taxonomic relationships of Hynobius stejnegeri and H. yatsui, with description of the amber-colored salamander from Kyushu, Japan (Amphibia: Caudata). Zoological Science, 34: 538-545.

Tominaga, A. & Matsui, M. (2008) Taxonomic status of a salamander species allied to Hynobius naevius and a reevaluation of Hynobius naevius yatsui (Amphibia, Caudata). Zoological Science, 25: 107-114.

 

f:id:OIKAWAMARU:20190804215630j:plain

ということで記載者の富永篤博士から写真を提供いただきました。写真左がチクシブチサンショウウオHynobius oyamai、右がコガタブチサンショウウオHynobius stejnegeriです。いずれも福岡県産です。

f:id:OIKAWAMARU:20190804215635j:plain

それからこちらがブチサンショウウオHynobius naeviusです。こちらも富永博士提供の佐賀県産です。
ブログでの写真使用をご快諾いただいた富永さん、本当にありがとうございました!

論文

Matsui, M., Okawa, H., Nishikawa, K., Aoki, G., Eto, K., Yoshikawa, N., Tanabe, S., Misawa, Y., Tominaga, A. (2019) Systematics of the widely distributed Japanese clouded salamander, Hynobius nebulosus (Amphibia: Caudata: Hynobiidae), and its closest relatives. Current Herpetology, 38: 32–90. (LINK)

最近になって分類学的研究が猛烈に進展している日本産サンショウウオ類ですが、超弩級の論文が発表されたので紹介します。カスミサンショウウオ種群の分類学的研究です。カスミサンショウウオには古くから高地型とか瀬戸内型とか、色々な地方型の存在が知られていました。この論文では分布域を完璧にカバーしたサンプリングを行い、ミトコンドリアDNAのcytb領域による遺伝子解析と詳細な形態計測に基づき、分類学的な整理を行っています。質量ともに歴史に残る名作と感じました。その結果、旧カスミサンショウウオは9種に分類されることとなりました。以下がその9種とその分布域(都道府県)です。

●サンインサンショウウオHynobius setoi Matsui, Tanabe & Misawa, 2019

分布域は本州(兵庫県鳥取県島根県)。模式産地は鳥取県

●ヤマトサンショウウオ Hynobius vandenburghi Dunn, 1923

分布域は本州(愛知県、岐阜県三重県滋賀県奈良県京都府大阪府)。模式産地は奈良県

●セトウチサンショウウオHynobius setouchi Matsui, Okawa,Tanabe & Misawa, 2019

分布域は本州(和歌山県大阪府兵庫県岡山県)、四国(香川県徳島県)。模式産地は岡山県

●イワミサンショウウオHynobius iwami Matsui, Okawa, Nishikawa & Tominaga, 2019

分布域は本州(島根県)。模式産地は島根県

●ヤマグチサンショウウオ Hynobius bakan Matsui, Okawa & Nishikawa, 2019

分布域は本州(山口県)、九州(大分県)。模式産地は山口県

カスミサンショウウオHynobius nebulosus (Temminck & Schlegel, 1838)

分布域は九州(福岡県、佐賀県長崎県熊本県、鹿児島県)、壱岐島福江島対馬。模式産地は長崎県

アブサンショウウオ Hynobius abuensis Matsui, Okawa, Nishikawa & Tominaga, 2019

分布域は本州(島根県山口県)。模式産地は山口県

●アキサンショウウオHynobius akiensis Matsui, Okawa & Nishikawa, 2019

分布域は本州(広島県)、四国(愛媛県)。模式産地は広島県

●ヒバサンショウウオHynobius utsunomiyaorum Matsui & Okawa, 2019

分布域は本州(兵庫県岡山県広島県鳥取県島根県)。模式産地は広島県

各種の分布域詳細は論文のFig15にある通りで、純淡水魚の分子系統地理学の近年の研究成果をみていると、なるほどと納得できる部分が多いです。例えば、海を隔てて本州と四国に分布するセトウチサンショウウオ(近畿・中国東部と四国東部に共通)、アキサンショウウオ広島県愛媛県に共通)、ヤマグチサンショウウオ山口県大分県に共通)の3種の分布パターンは、最終氷期あるいはそれ以前の氷期の水系接続の歴史を想像させ、似たような分布パターンをもつ純淡水魚も知られています。

島根県の東部~鳥取県兵庫県西部の日本海側のみに分布するサンインサンショウウオの分布は、同じくこの地域固有のサンインコガタスジシマドジョウとそっくりです。一方で島根県西部に分布するイワミサンショウウオの分布は、同じくこの地域固有のイシドンコの分布と似ているように思います。

また、山口県島根県のかなり限られた地域にのみ分布するアブサンショウウオは、国内でもっとも遺伝的に近縁な種が高知県に分布するトサシミズサンショウウオという結果になっていますが、これは山口県に分布するヤマトシマドジョウA型と高知県に分布するトサシマドジョウがミトコンドリアDNAcytb領域で描いた系統樹上は近縁であるという関係を彷彿とさせます。

東海地方から近畿地方にかけて広く分布するヤマトサンショウウオでは、これら同地域に分布する純淡水魚類と同様に、東海地方産と近畿地方産では遺伝的には比較的深い分岐をもっているようです。妄想がとまりません。

それから肝心のカスミサンショウウオについても、さらりとすごい結果が出ています。カスミサンショウウオシーボルトコレクションに基づいて記載された種であるため、我らが九州北部のカスミこそが「本物の」カスミということで、学名の変更はなくその点は安心なのですが、今回の論文で壱岐、福江、対馬のものもカスミであることが示されています。ここでマニアックな湿地帯中毒患者の方はおや?と思うことでしょう。そうです。対馬には固有種ツシマサンショウウオがいるはずです。それはどうなったのか。ということですが、結論として対馬にはツシマサンショウウオカスミサンショウウオの2種が分布するということが明らかになったのです。驚きです。遺伝的にはツシマサンショウウオカスミサンショウウオは近縁であるものの、区別が可能であることがこの論文でも示されています。すなわち古い時代に同一の祖先が隔離されて種分化したツシマとカスミが、その後の氷期(おそらく2万年前の最終氷期)に九州と対馬が地続きとなった際に、九州本島からカスミが対馬に移動してきたことによって二次的に同所的に生息するようになったのであろうと思われます。これは大変興味深いです。

ということで本論文は基本的には分類学の論文ですが、ここで提供されているデータは純淡水魚や水生昆虫類の同様な研究事例と並べて比較することで、西日本域の地形成立様式に重要な情報を与えるものであると思います。そして個人的な妄想が大変はかどる楽しい論文であると言えます。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212342j:plain

先日の日記で紹介したこの個体は、すなわちカスミサンショウウオHynobius nebulosusということになります。シーボルト様のおかげで、我らが九州のカスミサンショウウオは永久に不滅です。

さて、これらカスミサンショウウオはじめ8種の仲間たちは、日本各地でかなり減少傾向にあります。この論文でも各種の記載文中にConservation(保全)の項目を付してそのレッドリストランクを中心とした状況をまとめています。毎年この時期になると、ネットオークションなどで乱獲された卵塊が売られているのを目にします。これは個体群に大きな悪影響を与えるもので、即刻止めるべきものです。もし飼いたいのであれば、自分で採集した幼生数個体からはじめれば十分なはずです。これらカスミサンショウウオはじめ8種は日本列島の地史の生き証人たちです。絶滅させることの無いよう、現代に生きる我々は、責任をもってこれらのサンショウウオたちを守り、存続させていかなくてはなりません。今回の論文は各地で行われていくこれらサンショウウオたちの保全活動においても、大きく貢献する内容であると思われます。繰り返しになりますが、くれぐれも乱獲はしないで、これらサンショウウオたちを大切にして下さい。

ところでこの論文の第二著者である大川博志氏が東広島市自然史研究会のHPに「西条盆地カスミサンショウウオリンク)」という文章を書かれていることをSZ-1さんに教えてもらいました。今回分類が行われたカスミサンショウウオのいくつかについて、その研究の背景や経緯、生態的特徴などが詳しく解説されていて大変面白いです。大川先生は高校教員をされながら、広島県域を中心とした地域のカスミサンショウウオ類を40年以上にわたり詳細に精力的に調査されてきたのだそうです。今回の論文はこれらの自然史研究の蓄積が大きく貢献していることは言うまでもありません。ご教示いただいたSZ-1さん、ありがとうございました。

日記

花粉症は最低ですが、すでに3月も5日となり確実に春です。春となると毎年思いをはせる淡水魚がいます。そう、九州のニホンイトヨです。イトヨは言わずと知れたトゲウオの仲間で、遺伝子と形態から区別されていたいくつかの型のうち、イトヨ日本海型がニホンイトヨとして2014年に新種記載されました(解説記事リンク)。九州で標本の残るイトヨはすべてニホンイトヨに同定されます。また分布域からも九州で記録のあるイトヨはすべてニホンイトヨと考えられます。そんなニホンイトヨですが、かつて確実に再生産していた九州産淡水魚の中では、もっとも幻の魚の一つになってしまっています。そして、かつてニホンイトヨはまさに今頃、海から川に遡上してきていたことが知られています。そういうわけで、毎年この季節になると、ニホンイトヨが九州の川に大群をなして遡上してくる夢のビジョンにとらわれているというわけです。

f:id:OIKAWAMARU:20190305214746j:plain

こちらが九州大学に保管されているニホンイトヨの標本写真です。1986年3月に佐賀県唐津市松浦川に遡上してきた成魚です。たくさんいますね!

f:id:OIKAWAMARU:20190305214741j:plain

こちらも九州大学に所蔵されている九州産ニホンイトヨの標本写真です。1984年5月11日採集の福岡県津屋崎産。これは稚魚で、当時九州でもきちんと再生産がなされていたことを示す貴重な標本です(余談ですが採集者はサケマス類生態研究の権威として知られた故・木村晴朗先生&私の師匠でもあるシロウオやエツの生活史研究で名高い松井誠一先生&現在琉球大学教授として活躍されている立原一憲先生の超豪華トリオです。九大水産淡水系の大先輩方です。余談でした。)

九州産ニホンイトヨのカラー写真はほとんど残っていないのですが、「佐賀の自然デジタル大百科事典 佐賀県の淡水魚」に、超貴重な九州産(佐賀県産)ニホンイトヨのカラー生体写真があります→(リンク)。成魚の写真は1994年3月撮影、仔魚の写真は1993年5月撮影のキャプションがあります。唐津市の半田川は松浦川のすぐ横にある小さな川です。

九州産ニホンイトヨには昔から高い関心があり、これらの標本は実は所属していた研究室の標本庫に眠っていたものですが、興奮のあまり記録をとりまとめて論文にしたことがあります→中島 淳・鬼倉徳雄(2009)九州におけるイトヨの記録.ホシザキグリーン財団研究報告,12:285-288.(PDF)。

f:id:OIKAWAMARU:20190305215447j:plain

その中島・鬼倉(2009)より表1。

いかがでしょうか。すなわち、かつて九州では3月頃に海から川にニホンイトヨが遡上してきて下流域の湿地帯で繁殖し、稚魚は5月頃までそうした環境で成長した後、海に出て行ったという生活史をもっていたことが示唆されます。しかし残念ながら1995年頃を最後に一切の確かな情報がありません。各県レッドでもほぼ絶滅の扱いです。非常に残念です。

ただし、この時期の九州日本海側は、アユ遡上期、シラスウナギ遡上期、シロウオ遡上期、サケ降海期と色々と重なっていることもあり、特に漁協のある川の河口で無許可で投網を打ちまくったり集魚灯をしたりすることは不可能です。すなわち集中的な調査がなされていないという実情はあります。また、近傍では山口県長門市近郊では最近もちらほら採れているほか、島根県宍道湖では細々と再生産が確認されているようです。したがって、九州の日本海側の小河川でもこっそりと遡上してきていたり再生産していたりしないかと、わずかに期待しているところです。

ということで、もし九州で生きたニホンイトヨを発見・捕獲してしまったら、ぜひともご一報ください!

日記

カスミサンショウウオの産卵状況の調査に行ってきました。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212335j:plain

ここは数年ぶりに訪れた秘密の湿地帯。最近各地で減っているという情報が入ってきているため、まだいるのか心配です。幸い見た目はあまり変化がありません。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212339j:plain

一つ一つ石をめくっていくと、いました!カスミサンショウウオです。なんとなくオスかなという気がします。カスミサンショウウオは普段は陸地で暮らしていますが、産卵期には水辺に集まってきて水中で産卵します。特にオスは産卵期にはずっと水中にいることが多いように思います。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212342j:plain

こちらはお腹の大きなメスです。これから産卵なのでしょう。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212349j:plain

卵もいくつかみつかりました。これは比較的新しいものと思われます。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212400j:plain

これは別の卵。こちらは発生が進み、少し細長くなって一部が尖っています。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212403j:plain

さらに別の卵ではだいぶ発生が進み、だいぶ幼生の形になっています。一斉に産卵することも多いようですが、今年はあまり気温が下がらなかった上、雨も少なかったので、産卵がばらついたのかもしれません。いずれにしろ、以前とあまり変わらない楽園のように感じました。いつまでもこのままであって欲しいです。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212405j:plain

この湿地にはアカガエル類も産卵しています。ニホンアカガエルヤマアカガエルが両方いる地域なので、どちらかはわかりませんでした。

f:id:OIKAWAMARU:20190304212407j:plain

これはピカピカの、昨晩あたりに産出された卵塊ではないでしょうか。

これらの真冬~早春に産卵する両生類はかつては身近な湿地帯にいくらでもいた生物と思われますが、水田の近代化による乾田化や、放棄による陸地化などで産卵適地が次々と失われていっています。追い打ちをかけるようにイノシシの激増による湿地帯の荒廃、さらに最近では特定外来生物のアライグマによる食害も問題になっています。解決の難しい問題ばかりで、今後がとても心配です。もし身近にこれらの湿地帯生物の産卵場があるのであれば、ぜひ大事にしてください。

 

論文

Suzuki, T., Kimura, S., Shibukawa, K. (2019) Two new lentic, dwarf species of Rhinogobius Gill, 1859 (Gobiidae) from Japan. Bulletin of the Kanagawa Prefectural Museum, Natural Science, 48: 21-36.(PDF

日本産淡水魚の新種記載論文です。学名未決定のまま長らくその存在が知られていたシマヒレヨシノボリとトウカイヨシノボリがついに新種記載されました!ということで

シマヒレヨシノボリRhinogobius tyoni Suzuki, Kimura & Shibukawa, 2019

トウカイヨシノボリRhinogobius telma Suzuki, Kimura & Shibukawa, 2019

となりました。大変おめでたいです。模式産地はシマヒレヨシノボリが兵庫県円山川、トウカイヨシノボリが岐阜県土岐川となっています。いずれも日本固有種で、平地性・止水性・純淡水性で小形と、色々な点で特異で興味深いヨシノボリです。

シマヒレヨシノボリの分布域は本州・四国の瀬戸内海に面した地域で、日本海流入河川としては兵庫県円山川水系と福岡県遠賀川水系にも分布しています。本州・四国・九州の瀬戸内海側の淡水魚類相の共通性についてはよく知られていますが、ギギやチュウガタスジシマドジョウと同様に、シマヒレヨシノボリもこれら地域の河川がかつては一つの水系であった時代に種分化した淡水魚の一つであると考えられます。

一方のトウカイヨシノボリは東海地方に分布します。東海地方の淡水魚類相の特異性の高さは最近になって特に明らかにされてきましたが、ネコギギやトウカイコガタスジシマドジョウなどと同様に、この地域の淡水魚類相を特徴づける重要な種です。

残念ながらこの論文でも指摘されている通り、シマヒレヨシノボリは東海地方の一部で外来種として定着しているようです。これ以上の人為的な攪乱が起きないよう、不用意な放流行為には注意が必要です。

f:id:OIKAWAMARU:20190228222237j:plain

シマヒレヨシノボリRhinogobius tyoni Suzuki, Kimura & Shibukawa, 2019 こちらは福岡県産です。九州の瀬戸内海側ではまだみつかっていないので、なんとかみつけたいです。

f:id:OIKAWAMARU:20190228222306j:plain

トウカイヨシノボリRhinogobius telma Suzuki, Kimura & Shibukawa, 2019 こちらは愛知県産です。一回しか採ったことがありません。立派なオスを見てみたいです。

 分類がきわめて困難とされていた日本産ヨシノボリ属ですが、タイプ標本の丁寧な検討を地道に進めてきた結果、少しずつ確実に分類体系が構築されています。もちろんその背景には遺伝学的な研究の進展も大きいものと思います。まさに科学の進歩と歩調を合わせた分類学的研究の進展と言えるでしょう。

日記

生きています。年度末進行になってきて、講演仕事等も絡まりつつ慎重なスケジューリングで、図鑑の執筆などもしています。

最近リュウグウノツカイが打ちあがったなどというニュースをよく目にします。こうした珍しい海洋生物がたくさん打ちあがると、何等かの天変地異の前触れかと心配する方もおられるかもしれません。心配ご無用です。科学的に証明された例はありません。広大な海岸線をもつ我が国では毎日毎日人知れず、何等かの珍しい海洋生物が打ち上げられているものと思われます。例えば海岸に打ちあがった生物の研究などが時々なされると、決まって珍しい生物がリストアップされることからも、明らかです。そして、大陸の縁辺にあり常に動いている日本列島では、毎日毎日どこかで地震が発生し火山は蠢いています。一致することもあれば、しないこともあるでしょう。したがって気にするだけ無駄です。いざという時の備えはしつつ、図鑑などを読んで美味しいものを食べて日々過ごすのが吉です。

私は淡水が専門なので、あんまり海岸に行って打ち上がった生物の採集とかしないのですが、わずかばかりの経験でもそれなりに珍しいものを見ています。

f:id:OIKAWAMARU:20190226093541j:plain

そのうちの一つはこれ、クロハラサイウオBregmaceros neonectabanasです。福岡県新宮浜がタイプロカリティですが、まさにその付近で打ちあがった個体を採集したものです。ものすごく寒い12月の早朝でしたが、見ていると続々と沖から泳いできて砂浜に打ちあがって、きらきらしたからだをくねらせて次々に息絶えていく様子は壮絶というか荘厳というか、なんというかとても感動して印象に残っています。

f:id:OIKAWAMARU:20190226093552j:plain

もう一つはやはりこれ、センタウミアメンボHalobates germanusです。この種は遠洋性で、大海原で大きな群れをつくって生活しており、岸にはまず寄ってきません。しかしながらいくつかの条件がそろうと、こうして海岸に打ち上げられて死んでしまいます。この時は狙っていって、見事にオスとメスの採集に成功したわけですが、この後福岡県内での採集例はなく、珍しいものだと思います。

最近のリュウグウノツカイのニュースとしては、残念ながら途中で死んでしまったようですが、人工授精に成功して孵化した仔魚を1ヵ月ほど飼育した、というこのニュースでしょうか。さすがに稚魚もすさまじいデザインです。水族館で生きたリュウグウノツカイ展示ができる日が来るのではないかという希望をもちました。いつか生きたものを見てみたい魚です。

 

日記

年度末公共工事シーズンです。今年もたくさんの身近な湿地帯が消滅していっています。ですがそんな中でもなんとか配慮をしてもらって、この後につながるような形のものもいくつもあります。

f:id:OIKAWAMARU:20190218221044j:plain

写真は某川の浚渫現場です。昨年の大雨であふれそうになって、地元からの要望も(当然)あり、浚渫せざるを得ない状況に。一方でここには希少種がいます。そこでなんとか影響を最小限に抑えつつ効果のある浚渫ができないかという協議を行いました。結果として、流下断面は確保しつつ元々の水際を丁寧に残した浚渫を実施することができました。浚渫中少し調査をしましたが、この残された水際にはたくさんの魚がいました。もちろんベストではありませんが、それでも一律平坦に浚渫するのと比べれば、その後の回復は段違いです。

河川管理において治水・利水という目的は大きなものです。そうした目的がある以上、手つかずというのはなかなか難しいです。しかしながら、河川法にも河川管理の目的の一つとして環境が入ってきていることからもわかるように、その中で落とし所を探る枠組みはできています。そして、担当者の知識と熱意によっては、このように少し手間のかかる形であっても、生物に配慮した治水対策を実施することが不可能ではない時代になってきています。このあたりは本当に、ここ数年で変わってきた部分です。しかし、もっと変えることができるという手ごたえもあり、できることはなるべくしていきたいと思っています。川に魚はいないよりいた方が絶対に良いですから。これは間違いないありません。そしてその一点は必ず多くの人と共有できるはずです。