オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

日記

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今日の水生昆虫はエグリタマミズムシHeterotrephes admorsusです。奄美群島の特産種で、日本唯一のタマミズムシ科です。水のきれいな河川に生息し、岸際の植物の根際などでみられますが、泳ぐのも得意です。頭部と前胸背が半融合しヘルメット状になっているという特異な形態で、模様も美しく圧倒的な存在感を誇ります。大きさは2.5ミリ前後と小さいですが、生きた小動物を捕獲して口吻を突き刺して体液を吸う肉食性です。国宝レベルの珍虫ですが、あまり知られていません。

論文

Watanabe, R., Matsushima, R., Yoda, G. (2020) Life history of the endangered Japanese aquatic beetle Helophorus auriculatus (Coleoptera: Helophoridae) and implications
for its conservation. Journal of Insect Conservation: online first (LINK)

環境省レッドリスト2019で絶滅危惧IB類に選定されているセスジガムシの生活史にかんする論文です。Liffe history of・・のタイトルにふさわしく重厚な内容で、3つの環境における野外での成虫の出現消長、飼育下での異なる2温度区での卵のう、1~3齢の各幼虫、蛹から成虫になる期間の記載まで網羅した大変すばらしい研究です。また得られた結果に基づいて、本種の保全対策についても考察を行っています。結果として本種の成虫が春に羽化して夏に休眠し秋から活動を再開して冬に繁殖すること、卵から羽化までおよそ100日ほどを要すること、この生活史から冬季の乾田化が本種の生息に大きな悪影響を与えることなどが指摘されています。

論文を読んで個人的にすごいと思ったのが成虫の出現消長です。実は私もかつて対馬からの本種の発見を後輩と共著で論文化したことがあるのですが(今回引用されています!)、5月の連休頃に採集できたものの、その後夏に行っても採れなかったということを経験していました。止水性の水生甲虫は初夏から秋にかけて成虫の個体数が多い種が多く、なんで採れないんだろうと不思議に思っていましたが、この論文を読んで納得しました。これでは夏に行っても採れません。それにしても羽化した後、夏に活動を休止するとは興味深い生態です。

それからこのことはもう一つ重要なことを示していて、それは環境アセスメント調査等を行う上での調査時期設定の重要性です。すなわち、絶滅危惧種である本種の生息状況調査をする際に、夏季に調査時期を設定してしまうと、例えそこが重要な生息環境であっても「いないことに」なってしまうおそれがあるということです。こうした記載的な生活史研究は、生物多様性保全を効果的に進めていく際に欠くことができない重要な科学的知見を与えるということも、本研究により示されていると思われます。

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ということで今日の水生昆虫はそのセスジガムシHelophorus auriculatusです。実はこの個体は先ほどの論文著者であるWさんからいただいたものです。本種は主に浅い湿地や水田に生息しますが、国内では関東地方、奈良県対馬からわずかな記録があるのみの稀種です。国外では朝鮮半島~中国大陸に広く分布します。基本的に水中の植物片の上などをわりとせわしなく歩き回って暮らしています。上翅の金属光沢とコブ状突起が個性的な種ですね。対馬で再発見したいものです。。

日記

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今日の水生昆虫はアカヒラタガムシHelochares anchoralisです。国内では南西諸島に分布し、水生植物が豊富な池沼や水田などでみられます。この仲間としてはやや大型(5.7ミリ)で、特徴的な下膨れの体型、そして緑がかった美しい体色から国内の同属種との区別は容易です。メスは産出した卵塊を腹端に保持したまま活動します。すなわち卵が孵化するまで持ち歩いているわけですが、どの程度世話をしているのか、持ち歩かない場合に孵化率がどうなるのかなどは、よくわかっていないようです。

日記

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今日の水生昆虫はセマルヒメドロムシOrientelmis parvulaです。河川中流域の流れが直接あたる岸際の植物の根で固められた垂直な砂礫の間隙というマニアックなハビタットを利用します。約1.5ミリ。美しい模様をもつ日本固有種です。

1960年代に新潟県で発見されて以降長らく幻のヒメドロムシでしたが、2000年代に広島県、次いで福岡県で再発見され、その後は東海地方以西の本州と九州の各地で点々とみつかり記録が増えています。しかし肝心の新潟県では再発見されておらず、なんとかみつかって欲しいものです。

私をヒメドロムシ沼に引きずりこんだのが実はこのセマルヒメドロムシでして、まさにビギナーズラックとして偶然にも九州初・日本3ヵ所目として福岡県で採集してしまったのでした。採れてしまったものの種名がわからず、今は亡きO師匠のところに持ち込んで同定をしてもらい、そしてその後は今に至るヒメドロムシ沼の住人・・ということで個人的にも大変思い入れの強い種です。

日記

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今日の水生昆虫はオヨギカタビロアメンボXiphovelia japonicaです。カタビロアメンボ科はどれも微小で区別が難しいですが、本種は菱形の体が特徴的です。本種も大きさは2ミリくらいです。小河川や池沼の流れ込みなど、ゆるやかな流れのある水面で暮らしますが、産地はかなり局地的で稀な種です。10月頃に繁殖し卵で越冬して初夏に孵化することが知られていますが、この「卵で半年も過ごす」というのはかなり変わっています。したがって、成虫がみられる季節もかなり限られます。このことも発見が難しい理由かもしれません。

日記

今日の水生昆虫はマルガムシHydrocassis lacustrisです。北海道~九州の清流に生息します。すなわち流水性ですが、泳ぐのは上手ではなく、渓流の岸際の水中の落ち葉や流木などの上を歩き回って暮らしています。幼虫も同様の場所でみられます。産卵はそうした場所の河川敷の湿った石の裏で行い、石の窪みに数個の卵を産み絹状の糸で覆って蓋をすることが知られています。意外に大きくてかっこいいです。普通種ですが、そういう所に行ってそういう探し方をしないと出会えないので、あまりなじみのある水生昆虫ではないかもしれません。ぜひ探してみてください。

論文

昨年末に日本産初記録、新種の水生ガムシが3種記録されています。ということでその3報です。

Minoshima, Y.N. (2019) Taxonomic status of Enochrus vilis (Sharp) and E. uniformis (Sharp) (Coleoptera, Hydrophilidae). Insecta Matsumurana, 75: 1-18.

一本目は混沌著しい「ウスグロヒラタガムシ」の分類について、一筋の光明をさしてくれた論文です。北海道から日本新記録種としてEnochrus affinisが報告されました。本種はユーラシア北部に広く分布する種で、小顎髭の先端節全体が顕著に暗色であることから、近縁のウスグロヒラタガムシE. uniformisやコヒラタガムシE. vilisと区別できるようです。また、本物のウスグロヒラタガムシは模式産地の横浜をはじめ、確認できた限りでは本州からの標本しかないようです。南西諸島でみられる「ウスグロヒラタガムシ」はいったい何者なのか、今後の研究が楽しみです。なお、今回記録されたE. affinisには和名がありませんが、近々和名提唱がなされるとのうわさです。ということでこの3種の国内での分布はひとまずE. affinis(北海道)、コヒラタガムシ(北海道、本州)、ウスグロヒラタガムシ(本州、南西諸島?)ということになります。

 

Minoshima, Y.N., Inahata, N. (2019) First record of Paracymus atomus Orchymont (Coleoptera, Hydrophilidae) from Japan, with key to the Japanese species of Paracymus. Elytra, New Series, 9: 285-288.

続いて2本目。こちらも蓑島博士によるもので、ミナミチビマルガムシ Paracymus atomus日本新記録として奄美大島石垣島西表島から報告されました。本種は東南アジアに広く分布する種で、体表の点刻と体サイズ(小さく2ミリ以下)から同属既知のチビマルガムシP. orientalis、エンデンチビマルガムシP. aeneusと区別が可能とのことです。ということでこの3種の国内での分布はチビマルガムシ(本州~南西諸島)、エンデンチビマルガムシ(本州、九州)、ミナミチビマルガムシ(南西諸島)ということになります。

 

Kamite, Y., Hayashi, M. (2019) A new species of the genus Hydrocassis Deyrolle & Fairmaire (Coleoptera, Hydrophilidae) from Yaku-shima Island, Japan, with notes on the Japanese members. Japanese Journal of systematic Entomology, 25: 169-178.

さらに3本目。こちらは新種記載です。屋久島から新種ヤクシママルガムシHydrocassis fujiwaraiが記載されました!光沢が強く上翅の条溝が不明瞭であることから、同属既知のマルガムシH. lacustrisリュウキュウマルガムシH. jengiが可能とのことです。ということでこの3種の分布はマルガムシ(北海道~九州)、ヤクシママルガムシ(屋久島)、リュウキュウマルガムシ(奄美大島)ということになります。

 

まだまだ国内にも色々といるものですね。さて大変残念なことに私はこの3種をいずれも採集したことがありません(たぶん)。ということで画像の紹介はできません・・無念・・・。また採りにいかないといけません。