オイカワ丸の湿地帯中毒

湿地帯中毒患者 オイカワ丸の日記です。

日記

今日は調査でした。

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デンジソウの繁茂する湿地帯をチェック!すばらしい!!いつもと変わらぬ姿に安心しました。

 

ところで、

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最近は園芸用に外来デンジソウが売られています。こんな感じで。これが野外に出て定着すると大変なことになるので(主に環境破壊と売買規制の観点で)、その辺の池や川に捨てたり植えたりしないようにしてください。

論文

Okabe,R., Chen-Yoshikawa,T.F., Yoneyama,Y., Yokoyama, Y., Tanaka, S., Yoshizawa, A., Thompson, W.L., Kannan, G., Kobayashi, E., Date, H., Takebe, T. (2021) Mammalian enteral ventilation ameliorates respiratory failure. Med: DOI: https://doi.org/10.1016/j.medj.2021.04.004

普段とはまったく違う分野なのですが、ちょっとドジョウと関係があって感動したので紹介します。医学系の論文。こちらに研究内容のプレスリリースがあるので、詳細はこれを読むとわかります↓

www.tmd.ac.jp

要するに酸素を液体に溶かしたものを肛門を介して腸に注入することで、ネズミやブタにおいて血中の酸素濃度を上げることができた、という研究です。昨今問題となっている新型コロナウイルス治療において、肺がダメージを受けたときに人工呼吸器や人工肺での治療を行っています。本方法が人間の治療法として実用化されれば、経腸での治療も行える可能性があるという画期的な発見です。実用化まではまだ先がありますが、今後の研究が楽しみです。

そして何より私の心を打ったのが、本研究が「新世紀エヴァンゲリオン」「ドジョウの腸呼吸」にヒントを得た、と著者らが表明している点です。実際にこの手法は「Enteral Ventilation via Anus:EVA法(エヴァ法=腸換気法)」と名付けられており、ドジョウも論文中に出ています(論文中での学名が間違っているのが惜しいです・・)。

ドジョウが腸から呼吸する、なんてことがわかって何になるのか?そんな自然史研究に意味はあるのか?などと問われることもありますが、こういう応用研究につながることもあるのですね。近年、ドジョウ一種と思われてきた中に複数種がいることがわかってきており、さらに同じ種の中にも地域によって異なる遺伝的特徴をもった集団がいるので、そのどれかがさらに特殊な腸呼吸のための細胞をもっていて、人類を救うかもしれません。引き続き自然史研究と生物多様性保全をがんばります。

せっかくなので日本におけるドジョウ腸呼吸関連論文の古いところを4つ紹介しておきます。おそらく日本で最も古い論文は美濃部(1924)だろうと思います(もしもっと古いものを知っている方があれば教えて下さい)。

 

美濃部熙(1924)泥鰌の腸呼吸と鰓呼吸との関係.動物学雑誌,36(430):328-330.

末廣恭雄(1933)泥鰌の腸呼吸を簡単に証明する実験.動物学雑誌,45(542):494-496.

鈴木安恒・長田光博・渡辺 昭(1963)ドジョウの腸呼吸に関する細胞学的並びに電子顕微鏡的研究.日本組織学記録,23(5):431-446.

平山和次・広瀬一美・平野礼次郎(1967)ドジョウの腸呼吸について.水産増殖,15(3):1-11.

 

ドジョウが腸から呼吸する!これは面白い!と、多くの研究者が個人的興味のもとに調べてきたことが、21世紀になって画期的な医学的研究につながりました。どんな研究にも意味はありますし、いつどのように役立つのかは誰にもわかりません。そんなことを一人でも多くの人に知ってもらえればと思います。

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ドジョウです。これは九州の在来系統です。

 

卯田宗平(編)(2021)「野生性と人類の論理 ポスト・ドメスティケーションを捉える4つの思考」東京大学出版会

www.utp.or.jp

私が分担執筆として参加している書籍が出たので紹介します。とあるご縁から研究会に参加させていただき、その成果となる本書において第10章を書かせてもらいました。タイトルは「食用ドジョウの過去・現在・未来」です。

目次を見てもわかる通りいわゆる人文系の分野で、私としては初の経験でしたが、研究会は大変刺激的で面白く勉強になりました。野生生物の家畜化を4つの視点からなる17章もの事例から、体系的に見て捉えてみようという内容です。

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高価な専門書ですが、「家畜化」という現象に興味がある方は、買って損はないとても面白い内容だと思います!

日記

エツの季節がやってきました!

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エツです。エツは(諸説ありますが)日本固有の淡水魚類で、有明海湾奥部にのみ分布する珍しい魚です。近縁種は朝鮮半島から中国大陸に広く分布するので、いわゆる「大陸沿岸系遺存種」などと呼ばれている生物地理学的に重要な生物です。本種は通常は有明海~河口域に生息し、繁殖期に筑後川などの流入河川に遡上して、感潮域上限付近で産卵します。古くからこの遡上してくる個体が漁獲され、賞味されてきましたが、一方で環境の悪化から激減しており、現在では5月1日~7月20日を漁期としてそれ以外は河川域で禁漁となっています。ということで前置きが長くなりましたが、この時期にしか食べられない魚ということになります。また鮮度が落ちやすく、九州北部以外で食べる機会はまずないのではないでしょうか。私の住まう周辺ではこの時期、鮮魚売り場でしばしば見かけ、風物詩となっています。

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今日は塩焼きにしました。本種は小骨が多く、このように骨切りをすることが普通です。適当に自分でやってみました。さて、肝心のお味のほうですが、美味です。上品でふんわりした、淡泊ながらも味わい深い魚と言えます。

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たまたま知り合いの方に、福島県・南会津の日本酒「花泉」をいただいたので、もはや飲酒しました。こちらも美味です!良かったです。

 

という感動的な日記に蛇足ですが、筑後川水系全体の生態系が健全でなければエツを食べ続けることはできません。その支流で現在も河川性生物に無配慮に行われている河川改修や浚渫、さらにそこにつながる農業用水路の三面コンクリート化が今後も積み重なると、こうした魚の存続に悪影響を及ぼすことが予想されます。流域という視点で、そろそろこの人為的な環境改変の方向性を、変えていく必要があります。エツのためでもありますが、何より我々のためにです。生物多様性の恵みは完全に失われたら、同じものを取り戻すことはできません。安全安心絶対に氾濫しない(なんてことはありませんが)川をつくったとして、地域固有の美味しいものや、素晴らしい生物がなくなってしまっては、生きる意味などあるのでしょうか。いくら米を安くつくったとしても、おかずの魚がいなければ味気ないものです。もう少し長い目で見て、生物多様性や地域の固有性に配慮した世の中をつくっていくための公共事業を行っていくべきではないでしょうか。

 

希少種条例

2021年5月1日付で福岡県でも正式に希少野生動植物の保護に関する条例の指定種が決定しました↓

www.pref.fukuoka.lg.jp

詳細は上にある通りですが、以下の20種となります。これらについては採集、所持、売買が基本的に禁止されます。違反すると罰則もある厳しいものとなっています。

植物

1 ミスミソウ

2 キビヒトリシズカ

3 ヤシャビシャク

4 ミズスギナ

5 サワトラノオ

6 サギソウ

7 トキソウ

8 オキナグサ

9 ムラサキ

10 ウスギワニグチソウ

動物

11 ヨシゴイ

12 コアジサシ

13 セボシタビラ

14 ハカタスジシマドジョウ

15 コバンムシ

16 カワラハンミョウ

17 ミヤザキムシオイ

18 ヤマボタル

19 オバエボシガイ

20 カタハガイ

 

罰則規定付きの希少種の保全に関する法令としては、国の「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律種の保存法)」(リンク)がもっとも基盤となるものですが、それ以外に各都道府県や市町村レベルでも独自に条例を作成し、種指定をしているところが増えてきています。したがって、趣味の採集や仕事としての調査・研究をする際には、条例に違反しないよう事前に調べるなど注意が必要です。また、これらの条例では追加指定も可能な形になっているので、常に最新の指定種の情報をチェックしておく必要もあるでしょう。

実は九州・沖縄地区では県別の希少種条例の制定は福岡県がもっとも最後となります。九州・沖縄地区の希少種条例を年代順に並べておきます。

 

佐賀県佐賀県環境の保全と創造に関する条例(2002年)」(リンク

鹿児島県「鹿児島県希少野生動植物の保護に関する条例(2003年)」(リンク

熊本県熊本県野生動植物の多様性の保全に関する条例(2004年)」(リンク

宮崎県「宮崎県野生動植物の保護に関する条例(2006年)」(リンク

大分県大分県希少野生動植物の保護に関する条例(2006年)」(リンク

長崎県長崎県未来につながる環境を守り育てる条例(2008年)」(リンク

沖縄県沖縄県希少野生動植物保護条例(2019年)」(リンク

福岡県「福岡県希少野生動植物種の保護に関する条例(2021年)」(リンク

 

さて、種の保存法もそうですが、これらの希少種保護のための条例は、希少種が絶滅しないように制定されているものです。しかしながら種の保存法もそうですが、いずれも生息地の開発を制限する部分は非常に弱いという共通の欠点があります。これは個人のすでにある財産を可能な限り侵害しないようにという基本方針があるためです。そのため、採集禁止や売買禁止などの方面が強化された形が基本となっています。そして、そのために指定されながらその生息地が破壊されてしまう、あるいは直接破壊されないまでも周辺域の開発により結果的に絶滅してしまう、という例もかつてはしばしばありました。

昨今では生物多様性保全に関する意識も高まり、さすがに何の協議もなしに指定種の生息地が破壊される事態は少なくなりつつあります。特に公共事業においては、これらの条例を根拠にして、特別に予算を組んで保全が可能になることも少なくありません。条例は保全のための「道具」です。行政側が用意した道具を、我々がどのようにして活用していくのか、そこが重要な視点です。なんとかうまく活用して、指定して終わりではなく、生息地が増えて絶滅の危機を回避して指定を解除する、という方向に進まなくてはいけません。そしてそうなるよう、我々は注視し、時にきちんと意見をしていく必要があります。

ところで福岡県の条例では二つ、他県にはあまりみられない特徴があります。一つは種の保存法指定種との二重指定を可能にしていることです。今回の指定種の中では、魚類のハカタスジシマドジョウとセボシタビラがそれにあたります。実はかつてとある県において条例指定のとある水生昆虫がおり、それは県予算で保全や調査がきちんとなされていたのですが、その後に国の指定種になったために県条例指定種から外れて県が調査をしなくなり、とはいえ国もすぐには予算をつけずに調査ができず、知らないうちに絶滅していた、という事例がありました。本当に本末転倒な悲しい出来事でした。二重指定はどちらも責任をもつ、ということでもあるので、そういう悲しい事態を防ぐことができると期待しています。

もう一つは第5章にある「外来種に関する施策」です。ここに罰則がないのは残念ですが、「侵略的外来種の個体をみだりに放ち、若しくは植栽し、又はその種子をまく」などの行為の禁止が明記されています。福岡県ではすでに侵略的外来種リストを作成・公開しています(リンク)。ここで侵略性があると判定されている外来種を野外に放つことは、本条例に違反するものとして扱うことができます。

ということで繰り返しになりますが、希少種条例は指定して終わりではありません。生息地が増えて絶滅の危機を回避して指定を解除する、という方向に進まなくてはいけません。法令の細かいところだって変えていくことができます。ぜひともその状況を注視して、批判と応援をしてもらえればと思っています。そして自分も、その手の届く範囲、職務のギリギリまでがんばって保全に尽力したいと思います。

日記

疫病は猛威を振るっているので、今年の連休も遠出はせずに過ごします。ということでかつて行った奄美群島の風景写真などを見て、気を紛らわせています。

 

まずは奄美大島

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続いて喜界島。

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それから徳之島。

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こちらは与論島

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最後に沖永良部島

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奄美群島の自然環境と生物多様性は世界的な宝物です。また行きたいですね。

論文(イシガイ)

川瀬基弘・村松正雄・横山悠理・横井敦史・熊澤慶伯(2020)愛知県奥三河地域で発見された日本初記録のBuldowskia shadini瀬木学園紀要,17:3-8.(リンク

イシガイ類は好きなので、日本新記録は折々追いかけています。愛知県から国内未記録のドブガイ類を発見したという論文です。

日本列島を含む極東アジア域のイシガイ類については、特に分子系統の観点から2020年に大論文が出ていますので(当ブログでも紹介しました↓)、これをベースに今後は色々な発見があるのではと思っておりました。

oikawamaru.hatenablog.com

今回の論文はまさにこのLopes-Lima et al. (2020)をベースとして、遺伝子による同定を行い、主に韓国からロシアにかけて分布するBuldowskia shadiniと類似した塩基配列の個体群が愛知県にいることを確認したという内容になっています。本論文では形態も確認しており、ドブガイ型、フネドブガイ型、タガイ型の3タイプを確認しています。しかしこの点もすでに先行研究で指摘されているとのことで、遺伝子と形態からこの種と同定できるという指摘は、妥当であるように思えます。現時点では外来種か否かを判断する材料に乏しいようですので、今後の研究の進展が必要です。

ところで本論文の結果もそうであったわけですが、やはりドブガイ類の形態同定(殻のみでの同定)はかなり困難なのではないかということが、最近色々とわかってきています。すべて遺伝子で同定するのは非常に困難でもあり、形態(特に軟体部)での同定形質に関する研究の進展が望まれるところです。遺伝子が違い、別タクソンということであれば、形態もどこかに違いがあるはずです。